三話 オン・ステージ!
一音の目の前で閃光が散る。
(黒い羽根?)
ファントムが放ったレーザービームのような光線を黒い羽根が弾いたのだった。
正確に言うならば羽根を中心として幾何学模様を描く結界が展開されていた。
空から歌が聞こえて視線を上げる。
艶のある芯の通った声と、凛とした伸びやかな声が絡み合い調和するメロディ。
耳を済ませると今朝聞いたばかりの新しいCMソングだった。
呆然と座り込む一音の前に今度は、無数の羽と共に光の球に包まれた黒づくめの衣装を纏った人が二人降ってきた。
丈の長いジャケットの裾がひらりと翻る。
地面に降り立った途端に光が弾け飛んだかと思うと再びオフィス一面にライブステージが広がった。
宙に散りばめられた星のように輝くライト仕様のドローン、舞台を飾る凝った装飾品、一音の時とは比べ物にならないほどの豪華なステージがそこに現れる。
突然現れて歌い出した二人組に気圧されながらも目が釘付けになる。
「ぴ、ぴりおど……」
一音は自分の目を疑った。ようやく落ち着きを取り戻した頃、ようやく彼らの正体に気がついた。
小声だったはずがまるで聞こえていたかのようにアッシュグレイの短い髪が揺れ、一人が振り返る。
(加賀見沙天!本物だ)
性別を超えた美しい容貌、と呼称される程の容姿は伊達ではない。
目が合うと慣れたようにウインクを送ってくれたことにどきりとする。
人気絶頂の歌手ユニット、PerioD.の鷹沢璃人と加賀見沙天に間違いなかった。
丈長で裾がひらひらとしたスタンドカラーのナポレオン風ジャケットに、やや光沢のあるパンツ、ロングブーツを合わせたシルエットは黒を基調としていることでよりスタイルの良さを際立たせている。
まさに今朝テレビで見たばかりの二人組。本物が出てくるなんて夢にも思わない。
歌の力かファントムの動きがさっきより格段に鈍くなったが、それでも時折抵抗するように攻撃を放ってくる。
だが、二人が手をかざすと舞い散る黒い羽根達が集まり障壁を築きそれを防ぐ。
まるで魔法だ。
手をかざせば誘われるように光が集まり、散らせば四方に広がる。
歌に合わせてステージが生きているかのようにライトの色を変えたり不思議なエフェクトを織り交ぜたりするのだ。
目が離せないほどの圧巻のライブに、一体何が起こっているのかを考える余裕はなかった。
曲の終わる頃には完全にファントムが動きを止めていた。
「「Fin」」
囁くように二人がマイクに告げ、互いのそれをカチリと交差させる。
するとマイクが淡く光を放ち、ファントムに向かって一直線に伸びていく。
光が当たるとぷつんと糸が切れたようにファントムは完全に沈黙した。
「さて」
くるりと二人が振り返る。
ステージは砂のようにすっと消え去り、二人の衣装も白を基調とした制服のようなものに変わる。
途端に現実が戻ってくるが、一音の心臓はまだどくどくと煩く鳴っている。
「キミ、初めて見たな。どこの子?」
「はい?」
手を差し伸べながらそう尋ねてきたのは黒髪の方、鷹沢璃人だった。
(最初にかける言葉それ?)
あまりに唐突で質問の意図が計りかねず、返す言葉が出てこない。
「所属は?一人で特A級と戦える子が他にもいるなんて知らなかったな」
「所属って……あの、私はここの会社の社員ですが」
立ち上がらせてもらいながら答えると璃人は首を傾げた。
ミステリアスでとっつきにくそうな印象から抜け出せないがなんだか可愛らしい仕草だ。
あまりにも整った顔立ちゆえにそれすらも絵になる。
「さっきのライブステージはキミが展開してたものだと思ったけど」
立ち上がるとやや不躾に頭のてっぺんから爪先までをジロジロと見つめられる。
困惑しきった一音は助けを求めるように横に控えていた沙天に目線を送った。
「璃人」
何かを察したのか沙天は璃人の肩を軽く叩くと一歩後ろに下がらせた。
「私は加賀見沙天。こっちは鷹沢璃人。私達は歌姫の亡霊鎮圧専門特殊機関Sounds Guardianの歌守、‘PerioD.’。一般の方だとは思わず失礼。よければ少しマイクを見せてもらっても?」
「は、はい。さっき落ちた衝撃で壊れてしまったんですけど」
丁寧に名乗ると沙天は緩やかに礼をした。
それにつられて一音も慌ててお辞儀を返す。
請われた通り、割れて壊れたマイクと中から転がり出てきた石を共に差し出した。
端末をかざして何かを調べるようにスキャンしているようだ。
「やっぱりこのマイク登録がない。いや、正しく言えば過去に抹消されている」
「沙天、どういうこと?」
「一部壊れてるせいで読み取れないがこれは旧式のプロテクトマイクだ。時々市場に出回るらしいとは聞いてたけど」
ぼそぼそと二人で何かを話し合っている間、一音は破壊されたオフィスを見渡していた。
ファントムの近くにあったデスクやイスは粉々、書類はそこら中に散らばり、壁も天井も酷い有様だ。
「これ、預からせてもらっても?」
「それ実は会社の備品なんです。上司に一応確認取らないと……」
「分かった、後ほど了承を取らせてもらおう」
マイクを透明な袋に入れると
ふと、サイレンの音が近付いて来てすぐ近くで止まった。
「救助チームが到着したらしい。間もなくここにも来るはず。あなたもファントムの音波を浴びただろうから検査を受けて欲しい」
ばたばたと複数の足音が聞こえてくる。
医療班といった装備を着込んだ数人が荒れた室内へと飛び込んでくるとすぐさまPerioD.の二人を目にとめて状況を確認し始める。
二言三言言葉を交わすと一音の方へ駆け寄ってきて怪我や体調を細かく尋ねられた後、外へと誘導される。
「それにしても、調整もなしに結界まで展開するとは……大物かもしれないな」
沙天が顎に手を当ててぽつりと呟いた。
「ふふ。だったらいいな。またあの子の歌、聞きたい」
璃人の形の良い唇が弧を描く。
一音は二人の観察するような視線に気付かないままオフィスを後にしたのだった。