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一話 名もなき夢

ーずっと、歌手になりたかった。


初めて連れられて行ったとある歌手のステージ

で衝撃を受けた。


大きなステージの上で観客と一体になって力一杯思いの丈を込めて歌う姿が目に焼き付いて離れない。

魂を込めた歌に心を揺さぶられた。


その存在がキラキラと光り輝く一等星に見えた。


自分も同じ場所に立ちたい。あの場所で歌いたい。


七色に輝くペンライトの海に憧れた。


そんな幼ない子どもの頃の夢。





ーーーーー






鳴瀬(なるせ)一音(かずね)、二十三歳。

社会人二年目の春。


今朝は随分と懐かしい夢に起こされた。


憧れるだけ憧れて、努力して叶えようともしなかったちっぽけな空想。

そんな選択肢は早々に切り捨てた。


枕元の時計は五時十分を示している。いつもより随分早く目が覚めてしまったようだ。

眠気が完全に消えてしまっていたためにベッドから起き上がる。


平凡な日常が今日も訪れる。


『 続いてのニュースです。昨日午後五時半頃、〇〇市の公園付近に‘歌姫の亡霊(ディーヴァ・ファントム)’が現れ一時周囲が騒然となりました』


テレビ画面の向こうに映し出されたのは、遊具の壊れた公園と窓ガラスが粉々に割れた近くのコンビニ。


それから斜め四十五度くらいの不自然な前傾姿勢で停止している成人女性の平均身長程の大きなアンドロイド。

頭のてっぺんからつま先まで白くつるりとした硬質で無機質なボディだ。


(またか)


うんざりした顔で淹れたての熱いコーヒーをひと口すすりチャンネルを切り替えた。


‘歌姫の亡霊(ディーヴァ・ファントム)


現在、社会問題になっている暴走アンドロイドだ。


どこからともなく亡霊の如くふらりと現れ、歌うように延々と不快な音波を発し周囲一帯破壊の限りを尽くす奇妙な存在。


場合によっては負傷者が、過去には数える程だが死人が出た例もあるほど危険な物だ。


元の名は‘自動歌唱人形ーディーヴァ・ドールー’。


二十数年前、とある企業から発売され流行したアンドロイドの商品名だ。持ち主の好きな声と好きな外見を設定し、プログラムされた歌を歌うだけの単なる娯楽用のカラクリだった。


だが発売から何年か経ち世間にも浸透し始めた頃を境にそれらは奇妙な暴走を起こし始めた。


一度歌い出せばあらゆる不快な音を掻き混ぜたような音波を発し、狂ったように動き出し己の腕がもげようと引きちぎれようと破壊的に暴れ続ける。


単なる故障というにはあまりに不可解。


もちろん発売元の企業は自主回収に乗り出し原因究明を急いだものの、どういう訳か一向に原因らしき原因は不明であるとの結果しか分からないまま。


一気に世間の風当たりも強くなり、そのまま企業は倒産してしまった。


とはいえ、現実の問題はそれで終わりとはならなかった。


最初の暴走事件から既に十年以上が経過している。

だというのに亡霊(ファントム)達は今も尚現れ、なぜか年々被害が増加する傾向にある。


変えた先のチャンネルでも同じようなことをアナウンサーが伝えている。

今の時間はどこも似た話題なのだろう。


「あーあー。そんなとこに行ってないで職場に現れてくれたらいいのに」


自嘲気味に吐いた言葉は一人暮らしの部屋に虚しく消えていく。


諦めてリモコンを手放しコーヒーの入ったカップを机に置くと、そのまま背もたれにしていたソファに頭を預けて天井を仰ぎみる。


「仕事行きたくない」


そのままぼんやりしていると、ふとロック調のメロディが耳に飛び込んできた。


艶のある芯の通った声と、凛とした伸びやかな声。お互いの存在を主張しながらも綺麗に混ざりあった歌がそこに乗っている。


(これ、PerioD.(ピリオド)の新曲?)


慌てて首を起こすと丁度CMが始まったところだった。


目の覚めるような美形二人が乗った青いスポーツカーがどこまでも真っ直ぐな道を颯爽と走り抜けていく。

新車の宣伝らしい。


今最も人気と謳われる実力派の歌手ユニット、‘PerioD.(ピリオド)’だ。


絹のような長い黒髪にミステリアスな雰囲気を持つ鷹沢(たかさわ)璃人(りひと)

グラーデションがかったアッシュグレイの短髪で性別を非公開としているクールな印象の加賀見(かがみ)沙天(さてん)


高い歌唱力は然る事ながら、性別を超越したと称される非常に整った中性的なルックスが魅力で熱狂的なファンも多いという。


一音も人物自体にはあまり詳しくないが、時々曲を買ったりする程度には好んで聞いている。


なによりも、突き抜けるようなサウンドと歌声が聴いていて気持ちが良い。


(あ、仕事行かないと)


ふと時計をみると思ったよりぼんやりしていた時間がながかったようだ。

CMだけ聞くとテレビを消して出勤準備のためにバタバタと動き出した。


たとえ亡霊(ファントム)がどこに現れようと仕事は無くならない。


大学を卒業してから早一年。


就職した会社はブラックとまでは言わないがいわゆるグレーゾーンという部類に入るだろう。

定時で帰れないこともしばしば、古い会社だから昔ながらの余計な慣習なんていうのもまだ残っている。


更に未だアナログなことに書類を多様したり古いシステムを更新しないせいで効率の悪さを省けない。


「鳴瀬さん、今日大丈夫そう?」


一音が怖い顔をしながらキーボードを勢いよく叩いていると隣の席の女の先輩がそっと声をかけてくれた。


「大丈夫です。今日は定時には終われそうですから。絶対ご飯行きたいので」

「良かった。カラオケも行くでしょ?」

「もちろんです」


五個歳上の彼女は職場内でも比較的歳が近く、一音が入社した時からかなりお世話になっている。

タレ目がちで眼鏡を掛けた優しげな顔立ちの彼女をちらりと横目でみる。


(転職したいけど……)


こういった先輩との関係、周りの環境はそれほど悪くはない。むしろ人間関係だけはいい。

転職を考えているのだが、少し踏み切れないでいた。


気付かれないよう小さなため息を吐く。


キンッ


突然短く高い音が、仕切りの無いフロア内の至る所で同時に鳴った。

それほど大きい音ではないのにどんなに騒がしくとも不思議とよく聞こえる。


もれなく全員がしんと静まり返った。


「うわ、この辺りにファントムの反応があるらしいぞ」


音の出処は携帯端末に届く緊急速報だ。


真っ先に一音の向かいのデスクにいる男の先輩が内容を確認したらしい。

眉間に皺を寄せて顔をしかめている。


『周辺地域に歌姫の亡霊反応有り。今後注意警戒せよ』


一音の端末にももちろん同じメッセージが入っていた。


「誤報か?まさかこんな田舎の方にまでくるのか」

「念の為、結界装置を準備しておきますか?」


都市部での出没情報は多いが郊外や人の少ない田舎ではそれほど目撃情報もない。


「そうだな。最近は地方でも頻繁に目撃されてるようだから用心しよう」


課長と先輩は速報を見てすぐに近くの引き出しを漁り始めた。

周りの部署も上司達が集まって相談している。


結界装置はファントムの放つ不快音波を防ぐ音の障壁を作り出すものだ。

もっとも、あくまで時間稼ぎ程度の簡易の物であるため効果はどのくらいか分からない。


「ああ、あと名前なんだったか?なんとかマイクを買ってみたんだった。どこにしまったかな」

「もしかして‘プロテクトマイク’ですか?」

「そうそう。歌守の使うものと同じ機能があるらしいとか」

「本当ですか!?それ、高いんじゃ……」


男の先輩がぎょっとした顔で聞き返した。


‘歌守’とは歌姫の亡霊(ディーヴァ・ファントム)鎮圧専門特音機関‘Sounds(サウンズ) Guardian(ガーディアン)’(通称SG)に所属する歌手を指す言葉である。


つまりは政府から認可を下された機関に所属しており亡霊の歌姫を鎮静化させることの出来る歌を紡ぐ歌手の総称だ。


街中では簡単に銃火器の使用が行えない。だが、彼らの歌は周りを破壊せず傷つけることなく鎮圧する。


巷では第二の歌手として注目を浴びていた。


そんな存在が使うのは、ただのマイクではなく特別品という話だ。

ただ、なにがどう違うかはこの場にいる人間には誰にも分からない。


「中古だよ。パチモンかもしれんが」


そう言って取り出したのは角が少し潰れた長方形の白い箱。

物珍しくて何人かがそこに集まっていったのに合わせて一音も覗いてみる。


中に入っていたのはカラオケに置いてあるようないかにも、と言った普通の形のマイクではなかった。


「これがそうなんですか?」


二十cm程度の細長い筒のような形状で、艶消しの黒地によく見ると細やかな絡み合う蔦のような模様が描かれている。

下部には銀色をした細いリング状の飾りがついていた。


想像よりも遥かにお洒落なデザインだ。


「何曲か内蔵されているらしい。そういえば昔流行ったなあ、音の出るカラオケマイク」


そう言って上司はにこにこと懐かしそうに笑っている。


「鳴瀬くん、カラオケ得意だったろう。試しに歌ってみるか?」

「遠慮しますよ」


冗談交じりに笑顔でマイクを渡され受け取ると思っていたよりも随分軽い。


「これ電源はどこなんですか?」


どうもスイッチらしきスイッチが見当たらない。


「あ、俺知ってますよ。オン・ステージ!……って言って歌守は起動させてるみたいですけど、何も起こらないですね」


男の先輩がマイクに向かって声を掛けたがなにも反応はない。


「うーん、多分このリングを回して」


一度課長に返すと付属していた怪しい手書きの説明書を見ながら電源を入れようとする。

銀色のリングに手をかけたその時だった。


ガシャンッ


突然オフィスの一番端の窓ガラスが粉々に砕けて飛び散った。

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