岩城刑事
羽久市立翁兎中学校。丸坂丸壱、佐野康夫、窓名真奈の母校である。今、ここに二人の刑事が来ている。
「八年ほど前にゲボと呼ばれていた人物がいたはずなんです」
年配刑事の岩城が校庭で聞き込みを行っている。
「えっ、えっと、えっと」
なかなか話し始めてくれない。
「岩城さん、その子は多分生徒ですよ」
若手刑事の今井が指摘する。
「嘘つけ、どう見てもおっさんだろ」
小声で今井に反論する岩城。本人に聞こえないように一応気を遣っているようだ。
「あの、ぼく生徒です」
「ほら言ったじゃないですか。ごめんね、急に変なこと聞いちゃって」
俺は絶対におっさんだと思う。青ひげも目立ってたし加齢臭してた気がするしとにかくおっさんだった。絶対おっさんだった。刑事の勘を舐めるなよ。
結局その辺にいる人からの聞き込み調査をやめて職員室に行くことにした。
職員室に入ると、コーヒーの匂いがした。中学校の職員室はだいたいコーヒーくさい。そしてとんでもなく涼しい。
「佐野康夫さんをご存知ですか? 今や有名ギタリストだそうですが」
入り口から一番近くに座っていた男性に今井が聞いた。数学担当の中村と書いてあった。
「もちろんです。みんな知ってるはずですよ」
「佐野さんのこと、詳しく聞かせていただいてもよろしいですか?」
今井は岩城よりしっかりしている。ゲボのことを聞くより有名な佐野の方から聞いた方が良いと考えたのだ。
「確か菱川先生が担任だったかな」
中村はそう言って立ち上がり、職員室を出ていった。呼びに行ってくれたのだろうか。
しばらく待っていると、この学校の校長が現れた。
「どうもどうも刑事さん、今回の件は私も悲しく思っておりますです、ハイ。良かったら私の部屋に来ませんかの」
霞を食べて生活していそうな男だった。校長は刑事二人を部屋に招きたいらしい。
「すみませんが、今中村先生が菱川先生を呼びに行って下さってるんです。離れるわけにはいきません」
今井がキッパリ断った。
「そういうことなんで、中村先生が来たらそう伝えておいて」
校長は今井の意見を無視して勝手に進めた。
校長室は正露丸のにおいがした。臭くはないけどいい匂いでもない。椅子に座ると、牛乳とあんぱんが出てきた。
「失礼致します」
さっきのおっさんの生徒が入ってきた。何か用か?
「おう、菱川先生、来たかね。」
え、校長⋯⋯? この人は生徒だよ? 校長?
「すみません、実は私は生徒ではなく、教師なんです。刑事さんが来たのでびっくりして嘘をついてしまいました」
岩城は勝ち誇った顔で今井を見ていた。鼻の穴をパンパンに広げ、満面の笑みで見下していた。
今井は鬼のような形相で岩城を見ていた。今にもこの場の全員を食ってしまいそうな勢いだ。
「下呂校長⋯⋯」
菱川が怯えながら校長の名前を呼んだ。
「ああ、話してやりなさい」