また会ったね
「あ、ママ〜! 会社に電話してくれたのー?」
俺は二十三歳にしてマザコンである。ママの前だと甘えた声を出すのだ。某漫画のギザギザヘアーの小学生のように。
「うん、康夫くんのお母さんから電話があってね、まるちゃん課長さんに言い出せないんじゃないかと思って電話したの」
そう、まるちゃん。俺はまるちゃんって呼ばれている。某漫画の主人公じゃないぞ。
まあ丸坂だからみんなまるちゃんなんだけどね。
「とりあえず、お通夜まで時間あるから、佐野さんのお宅に行ってみたら?」
佐野の家なんて何年ぶりだろうか。こんな形で行くことになるなんて⋯⋯。
「分かった、今から寄ってみる」
ママの言うことには逆らわない素直な子だ。電話ももちろんママが切ったのを確認してから切る。会社でのひねくれようは一体何なのか。
帰りももちろん電車を使う。駅まで徒歩二十分。社会人になってから運動する暇もやる気もなくなって、今の唯一の運動だ。
しかし暑い。八月だから暑いのは当たり前だが、つい暑いと口に出してしまう。口に出したからって涼しくなるわけでもないのに。
なんでだろう。なんでこんなに満面の笑みで歩いてるんだろう、このおじさん。こっちの少年はめっちゃ下向いてるし。いろんな人がいるなぁ。
小さな駅だが、近くまで来るとやはり徒歩の人が多くなる。こんな時間でも電車乗るんだなぁ。高校生が多いな。午前で終わることなんてあるのか? 受験シーズンでもそんな記憶無いぞ?
あ、そうだ、電話しておかないと。急に行ってもびっくりされるだろうし。ちゃんと家の電話番号も覚えてる!
そういえば、ケータイを持つようになって人の自宅の電話番号を覚えることなくなったなぁ。中学校くらいまでの友達の家の番号は全部覚えてるんだけどなぁ。
ピリリリリ ピリリリリ パリピ
あ、電話だ。
「もしもし」
「もしもし、佐野です」
向こうからかけてきてくれたのか。
「お母さんに早退するって聞いたんだけど、帰りにちょっと寄ってもらえない?」
「あ、はい。伺わせて頂きます」
「どうしたのよそんなにかしこまって。やっぱり社会人になると違うわね〜」
なんというか、すごく普段通りだ。息子が死んだのにショックじゃないのか? もしかしてショックを通り過ぎて普通になってしまったのか。
「じゃあ今から向かいますね」
そんな会話をしていると、ふとホームの時刻表の前に立っている男に目が行った。
ゲボだ。鼻の下を伸ばして少しニヤついた顔でこちらを見ている。なんで鼻の下伸びてるんだよ。ゲボも帰りはこの駅なのか?
あれ、こっち見て笑ってるってことは俺に気付いてるんじゃないか? 話しかけてみるか。
いや、ちょっと待てよ? 本名思い出せてないのになんて話しかければいいんだ? 中学生の頃はゲボって呼んでたけど、悪口だもんな。
もしかしてゲボはいじめられてたんじゃないか?こんなあだ名をつけられるくらいだ、いじめられてたに違いない!
結局話しかけずに電車に乗った。中くさい。
ガタンゴトン ガタンゴトン
いじめられてたのかゲボ⋯⋯。全然気づかなかった。俺もゲボって呼んでたから共犯か。なんてこった。
ガタンゴトン ガタンゴトン
車内を見渡してみるも、ゲボの姿は見つからない。どこに行ったんだろうか。お、そろそろ着く頃だな。
ガタンゴトン ガタンゴトン
ドンッ!!
電車に何かがぶつかった音がした。車内に居た全員が何の音か察したようだった。
「またかよ、今日だけで二件目だぞ」
誰かが呟いた。
「しかも、二件ともこの駅だし」
ちょうど駅に着いたところだったので、扉が開いた。外に出て見てみると、列車の前に横たわる女性が見えた。
「おい! 救急車だ!」「見ろ! すっげー美人!」「俺見たんだけど、飛び込んだというより押された感じだったぞ!」「もう助からないだろうな」
駅はパニックになっていた。美人とのことなので、俺は一目だけでも見たいと思い、近づいた。
そこには、見覚えのある顔があった。中学時代、学校のマドンナだった窓名さんだ。可愛い見た目をしているものの、裏ではとんでもない悪事やいじめをしていたという。
「この駅は封鎖します。皆さん速やかに外へ出てください」
皆野次馬根性でホームに集まっていたが、この放送のおかげで散っていった。
その中に、ゲボがいた。こちらを見てニヤニヤしている。やっぱりゲボもこの電車に乗ってたのか。というか、ニヤニヤしてる場合か!
同級生が二人も亡くなるなんて⋯⋯。とにかく佐野の家に行こう。
佐野の家はここから歩いて五分といったところか。駅近くていいよな。中学の頃は全く思わなかったけど。昔はよく遊んだなぁ。それにしても、八年振りの佐野家が、こんな形なんてな⋯⋯。
佐野の家に着くと、外で佐野の親父さんがタバコを吸っていた。
「ご無沙汰してます。あの、この度は、ご愁傷様です」
とりあえず挨拶をした。堅苦しい挨拶だ。
「あぁ⋯⋯」
そうだよな。元気なわけないもんな。
中からおばさんが出てきた。
「中にみんないるから、どうぞ」
みんな? 同級生たちか?
「こんにちは」
こんな時に不謹慎だが、プチ同窓会みたいだなとほんの少しだけ、ほんの少しだけワクワクしていた。
挨拶しながら部屋に入ると、見当違いもいいとこだった。
「こんにちは⋯⋯この度は、どうも⋯⋯」
元気の無い大人達。知った顔は一人もいない。恐らく全員佐野の親戚だろう。
「丸坂くん、康夫なんだけどね」
おばさんに呼ばれた。なんだろう。
「実は、康夫は電車に飛び込んで亡くなったの」
「え!」
自殺だっていうのか⋯⋯? なんであいつが?
いやいやちょっと待てよ、さっき電車の中で二件目だって言ってたけど、もしかして佐野なのか? 佐野と窓名さんが立て続けに同じ日に飛び込み自殺⋯⋯。心中⋯⋯でもないよな、時間が違いすぎる。
「丸坂くん? 大丈夫? 固まってたわよ」
「あ、はい」
「それでね、康夫は自殺ってことになってるんだけど、私は納得いかないの。特に悩んでる様子も無かったし、遺書も見つからないし。」
そうだ、俺も信じられない。何かあるはずだ。
「ごめんね、おかしなこと言っちゃって。これから私の車でX駅前の斎場に向かうの。来たばかりなのにごめんね」
知らないおじさんおばさんとすし詰め状態で車に乗り、出発した。おそらく一時間はかかるだろう。地獄だ。
しかし、この状況はまだまだ地獄の始まりに過ぎなかった。