丸坂丸壱はウザい
シリアスな回もあればアホみたいな回もあります。
駅でばったり懐かしい知り合いに遭遇した。中学の同級生のゲボだ。
卒業してからもう八年か⋯⋯しかし全然変わってないな。身長も中学の頃のままなんじゃないか?タレ目なところも変わってないし、あの変な髪型も健在だ。相変わらずぼーっとしてるなぁ。こっち見てるけど見てないって感じ。あ、ニヤッとした。キモい。
ふと中学の頃を思い出し懐かしく感じたが、俺は声をかけずにその場を後にした。
電車を待っていると、後ろから酸っぱくて不快な臭いが漂ってきた。いったいどんなヤツがいるんだ? 気になるけど後ろを向けない。周りの人は気にしていないみたいだが、俺は人一倍鼻が利くのでツラい。
朝の通勤ラッシュの時も、加齢臭や香水の臭いだらけの人混みで毎日苦しんでいる。ちなみに俺自体はいい匂いだよ。おいしそうってよく言われる。
話が逸れたが後ろがくさい! 横にずれて避難だ!
隣の列の最後尾に移った俺は恐る恐るさっきの場所を見た。ゲボがいた。そもそもこいつなんで長袖なんだ。八月だぞ。ゲボはじーっとこっちを見ている。
⋯⋯が、俺だと気づかなかったようでそのまま電車に乗っていった。なんかね、「ぴょんっ」って感じでジャンプして乗ってた。ほんとに中学生のままなんじゃないかこいつ。
そしてもちろん俺は普通に乗り込む。
くせぇ! やっぱり満員電車は地獄だおぇぇえええこんな毎日ノイローゼになるわおろろろろおええええぇ! ふえぇ。
⋯⋯あれ、ゲボが居ない。小さいから見えないだけか? まあいいや。それより気を抜いたら吐いてしまう。すでに少し出てるが。ペロッ。
駅のトイレで吐いてたら少し遅れてしまったが、ギリギリ五十九分にタイムカードを押せた。
「おい丸坂、みんな三十分前には来てるんだぞ! いつも吐いてるとか嘘ついて遅れてくるけど、そろそろいい加減にしろ。もう新人じゃないんだし、雲丹村や山田から見たらお前は先輩なんだぞ? 自覚あるのか? 時間通り来られないならもう辞めたほうがいいぞ」
課長に怒られた。怒りすぎだろ。さすがに一分前に来たのは申し訳ないと思うが、吐いてたのは嘘じゃないし三十分前は早すぎると思うんだ。
課長は俺を徹底的に追い詰めるようにプログラムされたいじめ用ロボットなんだ。そうに違いない。そして加齢臭が凄まじい。
課長に怒られて泣いていると真著田先輩がコーヒーを持ってきてくれた。真著田先輩はこの職場の紅一点で、優しくて人気だ。俺にもいつも優しくしてくれる。ただ、休憩時間に筋トレをしているのでとんでもなく汗臭い。
「すみません、俺コーヒー嫌いなんで」
俺はコーヒーより紅茶派なのだ。コーヒーもブラックなら飲めないこともないが、砂糖が入っててしかもホットと来たのでもう無理だ。
「ごめんね、悪気は無かったの、ううう」
真著田先輩が泣き出した。泣けば許してもらえると思ってるのか知らんが、俺より男らしい体なのになんでこうもすぐ泣くのか。
「お前、そういうとこだぞ」
課長はいちいちうるさい。バグが起こればいいのに。それか俺を徹底的に褒めるように改造されろ。
ゲボ⋯⋯本当に久しぶりに見たな。確か卒業式の二日前に転校したんだよな。引っ越しかと思ってたけど、最寄り駅が変わってないところを見ると違うのかな? たまたま来ただけかもしれないし最寄り駅とは限らないか。
そういえば何でゲボってあだ名なんだ?何気なく呼んでたけど悪口じゃん! 本名なんだっけなぁ⋯⋯気になるなぁ。
友達に聞いてみるか! ゲボと一緒にいることが多かった佐野に聞いてみよう。
プルルルルルル⋯⋯プルルルルルル⋯⋯
「もしもし」
ん? 佐野のやつやたらとテンション低いな。朝だからかな。
「中学の頃ゲボって子居たじゃん、あいつなんであんなあだ名だったの?」
「⋯⋯」
え、元気無さすぎじゃない? なんなの?
「⋯⋯何で急にあいつの話を?」
やっと喋ってくれた。
「いや、朝駅でばったり会ってさ、懐かしくなっちゃって! 全っ然変わってなかったよ!」
「え、お前も会ったのか⋯⋯? 実は俺も今」
「おい丸坂! 仕事の電話じゃないなら自分のケータイでかけろよ! ていうか今仕事中だろうが! 常識無いのかお前!」
人の電話中に大声出すなんて、課長もなかなか非常識だ。
「ごめん、課長がうるさいからまた後でかけるわ」
仕方が無いので電話を切った。
「おめーが悪いんだよ、丸坂! ちょっとこっち来い! 説教してやる!」
ほんっとに邪魔してくるなこいつ! 課長大嫌いだわ! ピーマンより嫌い! 鮒寿司よりくさい!
昼まで課長に怒られながら仕事した。やっと昼休憩だ。ご飯ご飯〜⋯⋯じゃない! 電話せねば!
電話をかけようとすると、課長が近づいてきた。まだ怒り足りないのか。
「ちょっと俺も言い過ぎたかもしれん。ごめんな。昼飯奢ってやるから元気出せ」
課長にこんな優しい一面があるなんて! でも電話したいから断らないと!
「今日は遠慮させていただきます」
「ダイエットでもしてるのか?」
乗っておこう。
「はい、もうここ一ヶ月鼻くそしか食べてません」
「きっしょ」
何とか引き下がってくれた。さて、電話をかけよう。
プルルルルルル⋯⋯プルルルルルル⋯⋯
出ねえな。
プルルルルルル⋯⋯プルルルルルル⋯⋯
「もしもし」
あっ出た。待たせやがってこのやろう。
「お前全然出ねーじゃん!」
「⋯⋯」
返事が無い。さっきのテンションのままなのか?そういえば今の違う声だったような。というか女の声だったような。⋯⋯ん? 女? あいつ女がいやがったのか許さん許さん許さん! そうだ、あいつもくさいんだ! 変な制汗剤かなにかつけてて超くさいんだよもう! あれ香水と変わらんだろ! 汗止めるだけなら匂いいらんだろうがあぁぁぁぁ!
「⋯⋯丸坂くんだよね? 康夫の母ですけど」
え、なんでおばさんが電話に? 佐野は?
「そうです。康夫くんの友人の丸坂丸壱です」
康夫はどうしたんだ。
「落ち着いて聞いてね」
えっ、ちょっ、えっ?
「さっき康夫が亡くなったの」
えっ、ちょっ、えっ?
「今夜X駅前の葬儀場でお通夜をやるから来てね。ごめんね、また」
忙しいようですぐに切られてしまった。お通夜何時だよ。困るだろ。X駅ってめっちゃ遠いやん。何でだよ。なんでだよ。なんでだよぉ⋯⋯佐野ぉ。
つい二時間前に話したばかりの友人を亡くした丸坂は社員食堂の隅でうずくまっていた。
もう無理⋯⋯もう帰る⋯⋯。とりあえず仕事場に戻って帰るって伝えなきゃ。
「すみません、今日は早退します」
恐いけど課長に言ってみた。
「うん、分かったよ」
あっさり許可してもらえた。おかしい、いつもなら怒り狂うはずなのに。なにか裏があるに違いない!
「本当に帰っていいんですか」
夢かもしれないのでほっぺたをつねった後もう一回聞いてみた。
「ああ、さっき君のお母さんから電話があってね。友達が亡くなられたんだってね。明日も休んでいいからね」
いつもは鬼なのに、語尾に「ね」なんて一回も聞いたことないぞ。明日土曜日だから元々休みやん。ていうか、こんなに人って変わるのか⋯⋯。
「課長⋯⋯!」
「なんだい?」
「バグですか?」
丸壱は基本的にひとこと多い。
「えっ」
課長は丸壱を見送りながら色々考えていた。
なんであんなに怯えるんだろうか。俺が恐いのか?俺だっていつも怒りたくて怒ってるわけじゃないんだぞ。優しい時は優しいし、そりゃ怒る時は怒るし、冗談だって言うし。あいつ、俺のこと酷いことを言うだけのロボットか何かだと思ってなければいいけど⋯⋯。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯社長が⋯⋯社長が来ます!」
新人の雲丹村が息を切らして部屋に入ってきた。入社してまだ3ヶ月だがなかなか動けるし、いつも頑張っている。
「窓を開けろー! 全開だ全開だーっ!」
課長が部屋中に響く声で指示を出す。すると仕事中の社員達が一斉に立ち上がり、窓を開け始める。
「あー、八島くん。留守電聞いたよ。お通夜はどこでやるのかな。あれ、クーラーついてるのに窓開けてるんだね、虫入ってくるよ」
八島とは課長の苗字である。社長は細かいことが気になる男である。
「それは聞いておりません。それと、窓は今ちょうど換気中だったものでして」
普通聞かないだろ。丸坂の親族が亡くなったわけでもないんだし。
「え、聞いといてくれないと困るじゃん」
社長は丸坂のことを問題児って認識してるから、丸坂が今日早退して明日も休んだら、ズル休みだと勘違いして叱りつけるかもと思って社長室に留守電入れただけなんだがな⋯⋯。
ていうかなんでこいつお通夜行こうとしてんだ! 友達の会社の社長が来たら故人もびっくりだよ!
「いや、社長は行かなくてもいいんですよ」
「そうなの?」
この通り、社長はバカだ。俺がいつまでも課長なのはこいつのせいだ。俺を出世させないようにインプットされたロボットか何かなのだろう。
「分かりました、引き続き頑張ってください」
社長が帰っていった。
「うおえぇええ」「うぼろろろろろろ」「おろろろろろろろ」「おぇぇえええ」
次々と社員が吐き出す。社長の口はうんこくさいのだ。うんちというよりはうんこだ。
なんとなくうんこはちょっと硬めで臭くて、うんちは柔らかくてそんなに臭くなさそうなイメージがある。ゲロとゲボも、ゲロは液体で、ケボはその中に固形物がけっこう入ってるようなイメージがある。
「こんだけ窓開けててもキツいなー」「もうこの会社辞めたい⋯⋯」「あいつさえ居なければいいとこなんだけどなぁ」「あいつめっちゃバカだよな」「ウンコマン警報と入れ違いとは参った参った」
言いたい放題だ。ウンコマン警報とは丸坂のことである。丸坂は人より鼻が利くので、社長が少しでも近づいてきていたら分かるのだ。
「ううう⋯⋯。いつもみんなひどいよぅ」
社長は歩くのが遅いので毎回丸聞こえである。だからといって歯を磨くということはしないらしい。なんでも、十年前に磨かないと決めて以来一度も磨いてないというのだ。
つづく




