06 彼女とお茶を一杯
お茶の時間は急に始まる。
ギルド仕事のない俺が庭の草むしりをしていたら、テラスの戸が開いておばちゃんが姿を見せた。
「グレイちゃん、お茶がはいったわよー」
テラスのテーブル席でおばちゃんが手招きしている。
「あ、すいません」
俺は手だけ洗って席に向かった。着替えたりすると、気をつかうなとおこられる。理不尽である。
うおっ!
短い階段を上がってテラスに入ると、視界に急に、黒服の男が現れた。
「どうぞ」
「どうも」
俺が頭を下げながら席に座ると、ティーセットを用意する黒服の男が会釈を返した。
「くろちゃん、今日はどう?」
おばちゃんが言う。
「新しい茶葉が手に入りました」
「あら。いいじゃない」
くろちゃんさんは、おばちゃんの、執事、のような人だった。
常に、無駄口厳禁、という雰囲気ある。一度も世間話はしたことがない。
いつでも黒い服に白い手袋で、いつも肌は首から上しか出ていない。その肌も真っ白だ。
本名も知らない。
謎である。
「どうぞ」
とくろちゃんさんが俺の前に置かれたティーカップから、いい香りがする。
「すてきな香り。ねえグレイちゃん?」
「はい!」
「おそれいります」
「いただきましょうか」
白い下地に金色と赤で鳥の絵が描かれたカップを持ち上げる。値段を聞いたら、二度とさわれなくなりそうなのできかない。
「ん!」
口に入れると、本当にすてきな香りが広がる。
というか広がり方がすごい。
「グレイちゃんはどう?」
「すごいですね。お茶の中に入ったみたいに香りの量がすごいですよ」
「あら、おもしろいこというのね! ねえ?」
「おそれいります」
くろさんが頭を下げる。
そして、そえてあるクッキーというやつもおいしい。というかこっちが俺の好きなやつだ。
さくっという食感、口の中にあまさがぱっ、と広がる。
「おいしい?」
「あまくて、さくっとおいしいです!」
「やっぱり若い子はお茶よりお菓子ね」
「そんなことないです、お茶もおいしいです」
「おそれいります」
なんか無理に言ったみたいになってるけど、お茶もおいしい。
お菓子のあまいやつが、お茶でいったんなしになるので、毎回お菓子が新鮮になる。
おたがいが、おたがいを高め合うのである。
気に入った。気に入りましたよ。
もう、時間の檻みたいなところに閉じ込められて、お茶と、クッキーを順番に食べるだけ、という人生になったとしても、それはそれでいいかもしれない……。
これが、形になった平和……。
平和とは、無でもある……。
ふと、あの美少女の笑顔が浮かんだ。
まあ、それは、そういう人がいるほうがいいけど……。
「あら?」
おばちゃんが、横を向いて微笑んでいた。
視線を追うと、生け垣のところに美少女がいる。
手を振っていた。
「グレイちゃんのお友だち?」
「お友だちというか、同業者ですね」
たぶん。
「あんなかわいらしいのに、冒険者なの? ……ねえあなた! いまお仕事中? お茶しない?」
「はい!」
ためらうかと思ったら即答だった。
さすが彼女である。
さらに、彼女はぽん、と飛び上がり、空中で体を抱えてくるくる三回転してテーブルの近くに着地した。
「あらすごい!」
パチパチパチ、とおばちゃんが手をたたく。
「へへへ」
頭をかいて笑っていた。
「くろちゃん、椅子を用意して」
とおばちゃんが言ったときにはもう、くろちゃんさんの手元に椅子があった。
仕事が早い!
あいている席に置く。
「どうぞリリア様」
「ありがとう! あれ、私のこと知ってるんですか?」
「戦天使といえば、冒険者では知らないものはいないと聞きます」
「あらそんなに有名なの? 戦天使? かっこいいわねえ」
おばちゃんが言うと、彼女は頭をかいた。
「天使、っていうわけじゃないんですけど……」
おや、と思った。
彼女っぽくない言い方というか。なんだろう。
照れているんじゃない、というか……。
そんなふうに俺が思って、彼女がさらになにか、こう、意味深な表情をするかと思うじゃないですか。
でもちがうんですよ。
すぐ着席した彼女は、流れるようにクッキーを食べた。
「おいしい!」
異次元のタイミングだなおい。
瞬間的に、食欲に脳を乗っ取られてるんじゃないだろうか。
「あらそう?」
「おいしい! いままで食べたお菓子で一番おいしいです!」
「そんなに喜んでもらえると作りがいがあるわねえ」
おばちゃんがうれしそうにする。
たまにこうしておばちゃんが、使用人が作りましたけど、という顔で手料理をふるまってくれることがある。全部おいしいので、おせじを言ったことはない。
「そしたら、そうねえ。おばちゃん、リリアちゃんに、別のお菓子も出してあげようかしら」
「そんなものが?」
彼女が期待の目でおばちゃんを見る。
その視線だけで、おばちゃんはニコニコ。
「ようし、持ってきてあげる」
おばちゃんが張り切って席を立った。
「くろちゃん、一緒に来て」
「はい」
二人は家の中に入っていった。
さくさく。
彼女がクッキーを食べる音がしていた。
二人だ。
二人だけだ。
なんか急に緊張してきた。
お茶をひとくち。
えっと。
これまで、どんな感じで話してましたっけ?
話題、話題……。
「今日は、また薪割り見に来たの?」
「むぐ?」
クッキーをほおばっている彼女が止まった。変な顔で俺を見る。
ちがったのか?
彼女は、お茶を一気に飲んだ。
「ぷはーっ。そうそう、これこれ」
彼女がテーブルに硬貨を置いた。
青みがかった銀色の金属だ。
「この前の朝、パンをもらったでしょう? でも、もらいっぱなしでいたらよくないって兄に……、そうじゃなくて、あとで気づいて、これはパンの代金ね」
兄に注意されたらしい。
「はあ」
手にとって見る。
大きさは、10ゴールド硬貨くらいの大きさだけど。
「どこのお金?」
「え? ああ、えっと、となりの……国じゃない?」
彼女はにっこり。
いや、俺がきいてるんだよ。それを、そんな笑顔でごまかそうとするなんて!
いいか君!
世の中には、にっこり笑えばすむことと、すまないことがあるぞ!
これは、すむことだ!!
笑顔、よし!
「あ」
彼女は急に、とまどったように手を止めた。
いつの間にかクッキー皿はからっぽだ。もう?
彼女は視線をゆっくり移していく。
俺の手を見る。
手が止まった俺はクッキーを持ったままになっていた。
これが最後のクッキーだ。
「あーん」
彼女が口を開けて、俺を見た。
え?
なに?
「あーん」
彼女がまた言った。
え?
食べさせろってこと?
いやまさか。
俺はゆっくりと彼女にクッキーを近づけてみた。
彼女の目は期待に輝き、口をさらに開ける。
美少女が、あーん、と言って、俺がそれを食べさせる。
そんなことしていいのだろうか。
役人に捕まらないだろうか。
あーん、って、それはもっと関係性がすごい男女のやるやつではないだろうか。
だって、なんか、すごく、それって……。
「むぐっ」
「あっ」
彼女が背伸びして、俺のクッキーを食べてしまった。
俺の人さし指と親指の先を、彼女の唇が、なでるように触れた。
「そうだもぐもぐ、私、行かなきゃいけないんだった! じゃあね! ありがとう!」
彼女はまた生け垣を飛び越えて、去っていった。
行ってしまった。
あとに残されたのは、指先に残った彼女の唇の感触。
俺はそれを無意識に口に近づけて……。
「いやだめだ!」
全然無意識じゃない!
完全意識だ!
意識してこの指をなめるのは、完全にだめな気がする!
あーん、をするのはよしとしても、これをペロペロしてしまうのは、なにか俺が俺の中の俺を俺してしまうような気がして、よくない気がする!
よくない気がする!
ちくしょう!
俺がテーブルに手を置いて苦悩し、ふと顔を上げると、それをおばちゃんたちが不思議そうに見ていた。




