表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

06 彼女とお茶を一杯

 お茶の時間は急に始まる。

 ギルド仕事のない俺が庭の草むしりをしていたら、テラスの戸が開いておばちゃんが姿を見せた。


「グレイちゃん、お茶がはいったわよー」

 テラスのテーブル席でおばちゃんが手招きしている。

「あ、すいません」


 俺は手だけ洗って席に向かった。着替えたりすると、気をつかうなとおこられる。理不尽である。


 うおっ!

 短い階段を上がってテラスに入ると、視界に急に、黒服の男が現れた。

「どうぞ」

「どうも」

 俺が頭を下げながら席に座ると、ティーセットを用意する黒服の男が会釈を返した。


「くろちゃん、今日はどう?」

 おばちゃんが言う。

「新しい茶葉が手に入りました」

「あら。いいじゃない」


 くろちゃんさんは、おばちゃんの、執事、のような人だった。

 常に、無駄口厳禁、という雰囲気ある。一度も世間話はしたことがない。


 いつでも黒い服に白い手袋で、いつも肌は首から上しか出ていない。その肌も真っ白だ。

 本名も知らない。

 謎である。


「どうぞ」

 とくろちゃんさんが俺の前に置かれたティーカップから、いい香りがする。

「すてきな香り。ねえグレイちゃん?」

「はい!」

「おそれいります」

「いただきましょうか」


 白い下地に金色と赤で鳥の絵が描かれたカップを持ち上げる。値段を聞いたら、二度とさわれなくなりそうなのできかない。


「ん!」

 口に入れると、本当にすてきな香りが広がる。

 というか広がり方がすごい。


「グレイちゃんはどう?」

「すごいですね。お茶の中に入ったみたいに香りの量がすごいですよ」

「あら、おもしろいこというのね! ねえ?」

「おそれいります」

 くろさんが頭を下げる。


 そして、そえてあるクッキーというやつもおいしい。というかこっちが俺の好きなやつだ。

 さくっという食感、口の中にあまさがぱっ、と広がる。


「おいしい?」

「あまくて、さくっとおいしいです!」

「やっぱり若い子はお茶よりお菓子ね」

「そんなことないです、お茶もおいしいです」

「おそれいります」


 なんか無理に言ったみたいになってるけど、お茶もおいしい。

 お菓子のあまいやつが、お茶でいったんなしになるので、毎回お菓子が新鮮になる。

 おたがいが、おたがいを高め合うのである。

 気に入った。気に入りましたよ。


 もう、時間の檻みたいなところに閉じ込められて、お茶と、クッキーを順番に食べるだけ、という人生になったとしても、それはそれでいいかもしれない……。

 これが、形になった平和……。

 平和とは、無でもある……。


 ふと、あの美少女の笑顔が浮かんだ。

 まあ、それは、そういう人がいるほうがいいけど……。


「あら?」

 おばちゃんが、横を向いて微笑んでいた。


 視線を追うと、生け垣のところに美少女がいる。

 手を振っていた。


「グレイちゃんのお友だち?」

「お友だちというか、同業者ですね」

 たぶん。

「あんなかわいらしいのに、冒険者なの? ……ねえあなた! いまお仕事中? お茶しない?」

「はい!」


 ためらうかと思ったら即答だった。

 さすが彼女である。


 さらに、彼女はぽん、と飛び上がり、空中で体を抱えてくるくる三回転してテーブルの近くに着地した。

「あらすごい!」

 パチパチパチ、とおばちゃんが手をたたく。


「へへへ」

 頭をかいて笑っていた。

「くろちゃん、椅子を用意して」

 とおばちゃんが言ったときにはもう、くろちゃんさんの手元に椅子があった。

 仕事が早い!

 あいている席に置く。


「どうぞリリア様」

「ありがとう! あれ、私のこと知ってるんですか?」

「戦天使といえば、冒険者では知らないものはいないと聞きます」

「あらそんなに有名なの? 戦天使? かっこいいわねえ」

 おばちゃんが言うと、彼女は頭をかいた。


「天使、っていうわけじゃないんですけど……」

 おや、と思った。

 彼女っぽくない言い方というか。なんだろう。

 照れているんじゃない、というか……。


 そんなふうに俺が思って、彼女がさらになにか、こう、意味深な表情をするかと思うじゃないですか。

 でもちがうんですよ。


 すぐ着席した彼女は、流れるようにクッキーを食べた。

「おいしい!」

 異次元のタイミングだなおい。

 瞬間的に、食欲に脳を乗っ取られてるんじゃないだろうか。


「あらそう?」

「おいしい! いままで食べたお菓子で一番おいしいです!」

「そんなに喜んでもらえると作りがいがあるわねえ」

 おばちゃんがうれしそうにする。


 たまにこうしておばちゃんが、使用人が作りましたけど、という顔で手料理をふるまってくれることがある。全部おいしいので、おせじを言ったことはない。


「そしたら、そうねえ。おばちゃん、リリアちゃんに、別のお菓子も出してあげようかしら」

「そんなものが?」

 彼女が期待の目でおばちゃんを見る。

 その視線だけで、おばちゃんはニコニコ。

「ようし、持ってきてあげる」


 おばちゃんが張り切って席を立った。

「くろちゃん、一緒に来て」

「はい」


 二人は家の中に入っていった。


 さくさく。

 彼女がクッキーを食べる音がしていた。


 二人だ。

 二人だけだ。


 なんか急に緊張してきた。

 お茶をひとくち。

 えっと。

 これまで、どんな感じで話してましたっけ?


 話題、話題……。


「今日は、また薪割り見に来たの?」

「むぐ?」


 クッキーをほおばっている彼女が止まった。変な顔で俺を見る。

 ちがったのか?

 彼女は、お茶を一気に飲んだ。


「ぷはーっ。そうそう、これこれ」

 彼女がテーブルに硬貨を置いた。

 青みがかった銀色の金属だ。


「この前の朝、パンをもらったでしょう? でも、もらいっぱなしでいたらよくないって兄に……、そうじゃなくて、あとで気づいて、これはパンの代金ね」

 兄に注意されたらしい。


「はあ」

 手にとって見る。

 大きさは、10ゴールド硬貨くらいの大きさだけど。


「どこのお金?」

「え? ああ、えっと、となりの……国じゃない?」

 彼女はにっこり。


 いや、俺がきいてるんだよ。それを、そんな笑顔でごまかそうとするなんて!

 いいか君! 

 世の中には、にっこり笑えばすむことと、すまないことがあるぞ!


 これは、すむことだ!!

 笑顔、よし!


「あ」

 彼女は急に、とまどったように手を止めた。

 いつの間にかクッキー皿はからっぽだ。もう?

 彼女は視線をゆっくり移していく。

 俺の手を見る。

 手が止まった俺はクッキーを持ったままになっていた。

 これが最後のクッキーだ。


「あーん」

 彼女が口を開けて、俺を見た。

 え?

 なに?


「あーん」

 彼女がまた言った。

 え?


 食べさせろってこと?

 いやまさか。


 俺はゆっくりと彼女にクッキーを近づけてみた。

 彼女の目は期待に輝き、口をさらに開ける。


 美少女が、あーん、と言って、俺がそれを食べさせる。

 そんなことしていいのだろうか。

 役人に捕まらないだろうか。

 あーん、って、それはもっと関係性がすごい男女のやるやつではないだろうか。

 だって、なんか、すごく、それって……。


「むぐっ」

「あっ」

 彼女が背伸びして、俺のクッキーを食べてしまった。


 俺の人さし指と親指の先を、彼女の唇が、なでるように触れた。


「そうだもぐもぐ、私、行かなきゃいけないんだった! じゃあね! ありがとう!」


 彼女はまた生け垣を飛び越えて、去っていった。

 行ってしまった。


 あとに残されたのは、指先に残った彼女の唇の感触。

 俺はそれを無意識に口に近づけて……。


「いやだめだ!」


 全然無意識じゃない!

 完全意識だ!

 意識してこの指をなめるのは、完全にだめな気がする!

 あーん、をするのはよしとしても、これをペロペロしてしまうのは、なにか俺が俺の中の俺を俺してしまうような気がして、よくない気がする!

 よくない気がする!

 ちくしょう!


 俺がテーブルに手を置いて苦悩し、ふと顔を上げると、それをおばちゃんたちが不思議そうに見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ