05 彼女はついでの人助け
最後の牛が牛舎にもどる。
俺はふう、と大きく息をついた。
「おつかれ!」
牧場のおじさん、ギリアンさんが、にこにこしながらやってきた。
「どうも……」
出されたミルクを一杯飲む。
さすがの牧場の味。
「それと、これだ」
おじさんが、弁当箱くらいの大きさの缶を持ってきてくれた。
「あー、ありがとうございます」
中にはバターが入っている。
これが報酬だ。
「いつもすいません」
「なに、ウィリアムさんのとこには、こっちがお世話になってるくらいだ」
ギリアンさんが笑う。
この仕事は、ギルドを通してない直接の仕事なので、ギルドに所属する冒険者としてはちょっと問題がある。本来は。
でも、金銭ではなくバターがもらえる仕事だし、おばちゃんとギリアンさんの個人的なつながりも大きいということで、ちゃんと受付の女性に説明をして許可をもらえたのでだいじょうぶだ。
直接の仕事を無断でやることには注意したい。
「あとこれ、最初に渡すの忘れてましたけど、クッキーです」
俺は、カバンの中から、前回もらったバターの缶を出した。
「これこれ。おれもかあちゃんも、バターあげただけでこんな上等な菓子がもらえるんだからたまんねえな、つってな」
とギリアンさんは缶にほおずりしそうな喜び方だ。
「それじゃ、また」
「おう」
バターをすぐおばちゃんの家に届けたら、食堂でも行こうかな。いや、昨日買った、かたいパンがまだあった。悪くなる前にあれを食べよう。ミルクももらって帰ればよかったかな。ひたして食べるとおいしいんだけど。
そんなことを考えながら歩いていたら、牧場の柵にそった道の先で、溝に片輪が落ちている荷車があった。
荷台の中央、両側に車輪がついていて、前側に伸びた、長い取っ手部分がついている。いわゆるリアカーというやつだ。
荷台には、ぎっしりと荷物がのっていた。
荷物の向こうで、ごそごそと動いている人影が見える。
「あの、お手伝いしましょうか?」
「はいー?」
返事だけで姿は見えない。
声からすると女性だ。
「頼めるかい? あ、あんた冒険者さんかい?」
「はい」
「ああじゃあ、いいわ、いいわ」
うんざりだと言わんばかりの態度だった。
「そうですか。それじゃあ」
「あら?」
ひょい、と荷車の向こう側で立ち上がったのは、ギリアンさんの奥さんだ。
美人というわけではないけどすごく明るくて、みんなが元気になる感じの人だった。奥さんにするならこういう人がいい、とおばちゃんが言うのもうなずける。
「なんだグレイ君かい。おどかさないでよ」
俺の顔を見てなにかを察したのか、奥さんが続ける。
「いやね。この前、ちょっとだよ? ちょっと、冒険者の人に、こんな感じで困ってたとき手を貸してもらったら、金払え、ってんだよ? どうなってんだろうねえ」
「なるほど」
冒険者というのは、高いランクになればなるほど、自分の価値というものを高く評価しているので、タダ働きなんかとんでもない、となるらしい。
特に、戦い以外のことなら、金をもらわないとやってられない、となるようだ。
それを伝えると、奥さんが顔をしかめる。
「おーやだやだ。筋肉があまってるんだから、ささっとやってほしいもんだよ。そこいくと、グレイ君は気にしないでやってくれるからありがたいね!」
「はあ、いや、はは」
大したこともできないのでね。
「じゃあ、引っ張り出しましょうか」
「はいよ!」
二人で、落ちた車輪の近くを持った。
「いくよ! せーの、でいくからね!」
「はい」
「せーの!」
はっ!
て、え?
全然動かない。
重すぎ。
なに?
「あれー、動かないわねー」
「これ、荷物なんですか?」
「えっとねえ……。農具とか、そんなのだったかしらね」
荷台にはぎっしりと荷物が。
これが全部金属製のやつだったりするんだろうか。
「いったん、おろしましょうか」
「あーだめだめ。運んでる途中で落ちたりしないように、台車にがっちり、縛りつけてるんだから!」
「え、でもこれはさすがに」
「いくわよ! せーので!」
「はい!」
『せーの!』
『せーの!』
『せーの!』
「せー」
「ちょっと待ってください!」
さすがに止めた。
「これ、無理ですよ」
「そう? グレイ君ならできるわよ」
なんの自信だ。
自分で言うのもなんだけど、俺にできることなんてほとんどないぞ。
どうしたものか。
いったん体をのばし、ふと横を見ると、歩いてくる人がいた。
彼女だ。
左手に紙袋を持って、なにかを取り出し、上に投げて、口に入れていた。
もぐもぐ。
彼女は俺に気づいて、こっちに来た。
「え、なにしてるの」
「野菜をしっかりとったほうがいいって聞いたから」
彼女は言って、袋の中をちょっと見せてくれた。
ふかしたじゃがいもがいっぱい入ってる。
それを投げて食べるの?
なんだろう。答えをもらったのに、さらに混乱が深まる。
「グレイ君、この子は?」
奥さんが言う。
「あ、冒険者仲間っていうか」
「どうも」
彼女が頭を下げる。
「ああ、冒険者ね……」
奥さんは、あからさまにがっかりした顔をした。
彼女はそういう感じの子じゃないんだけど。
「そうだ、一個あげようか?」
俺の視線をどう理解したのか、彼女が袋からじゃがいもを出そうとしたら、袋の下から二個落ちた。穴か。
「あ、あ」
彼女は拾おうとしつつ、手に持ってるじゃがいもを一回かじっているので拾いきれない。いや優先順位!
じゃがいもが予想外に転がって、一個が溝に落ちそうになる。
「あーもったいない!」
彼女は、食べかけのじゃがいもを口に入れ、台車を片手で道に上げ、溝に落ちる寸前でじゃがいもを拾った。
あっという間のできごとだった。
「え、すご……」
すごいとわかっていても、自分がこれだけ苦戦したものをあっさりやって見せられると、自分との差を思い知って、俺は魔物と戦うのはやめておこうっと、と思わされるのである。
「あー、汚れちゃった」
彼女はを軽く手で払った。
「洗ったほうがいいよね」
「え? あ、そうかな?」
「じゃあねー」
彼女は、軽い足取りで走り去る。
俺には、手をふることしかできない。
「あの子、なんなの?」
奥さんが目を丸くしていた。




