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04 薪割りに彼女

「じゃあグレイちゃん、今日もよろしくね」

 おばちゃんは言った。


「はい、任せてください」

「若い人は頼もしいわあ」

 笑って、おばちゃんは家の中に入っていった。


 ここはおばちゃんの家の広い裏庭の一部であり、俺が住んでいる敷地である。


 隅にある、使っていない建物に俺は住まわせてもらっていた。その家賃の支払いもかねて、ギルドの仕事の間をぬっていろいろ手伝いをしている。いえ、させていただいております……。

 家賃を払わなくてもいいだけじゃなくて、食事を出してもらったり、おやつを出してもらったりもしている。異次元の大家さんだ。

 ちゃん付けをやめてほしいと言っても聞いてくれないくらい、どうってことない。


「よし、と」

 俺は、小屋から薪割り台の横へ、丸太を運んでいく。これを割ったらまた小屋にもどす。


「さて」

 始めよう。

 丸太をひとつ、台に立てた。


「よっ」

 斧を頭の上まで持ち上げ。

 薪に落とすようにして、割る。


 カッコン。

 いい音。


 また立てて、割る。

 パッカン。

 さっきより好きな音。


 振り下ろすというより、落ちていく斧と一緒に屈伸する感じ。

 腕力でやってたら俺の場合、保たない。

 斧の重さを有効利用させてもらうのだ。


「よっ」

 パカン。


 そういえば前に、食堂で体が大きな冒険者が、薪割りをしまくってどでかい筋肉をつくりあげたと自慢していたことがあった。

 実際、上着を脱いで見せつけていたけどあれはすごい。腕、肩、背中。あれだけの筋肉、きちんと力をかけて、割りまくって鍛えたんだろう。

 でも疲れただろうなあ。

 疲れるのはやだなあ。


 置く。

 パカン。

 置く。

 パカン。


 決して急がず、テンポよく割っていく。

 意外とテンポは大事だ。

 頭で考えなくても体が勝手にやれるようになる。


 パカン。

 パカン。

 パカン。


 こうして、あまりなにも考えないように……。

 疲れも、感じないのだ……。


「グレイちゃーん! 区切りがついたら、お茶にしましょうねー」

 おばちゃんの声がする。

「はい」

 返事をしたら、リズムを忘れてしまった。

 まだまだ修行が足りない。


 ふと、視線を感じて振り返る。


 生け垣の、葉っぱがすくないところからのぞいている目が見えた。

「あっ」


 目は、そう言って引っ込んだ。

 ……なんだったんだろう。


 薪割りにもどる。

 パカン。

 パカン。

 パカン……。


 ぱっ、と振り返ったら、生け垣の上から身を乗り出そうとした美少女と目が合った。


「あっ」

 彼女は目を大きく開いて、止まっていた。

 それから、なんでもないですけど、という表情でそっぽを向く。

 口笛も吹く。

 へたくそか。


「あの、なにか?」

「……あ、えっと」

 美少女はすまなそうに言う。


「昨日、木の下でパン、くれた人だよね?」

「ああ、うん」

「そうだよね! で、ギルドでも会ったよね? 掲示板の前で。私が紙をはがしたでしょ?」

「うん」

「そうだよね!」


 ほっとしたほうに微笑むと、彼女は生け垣を軽々ととび越えて俺の近くに着地した。

 え、すっごいとんだぞ。

 跳躍力すごすぎない?


「そのせつは、どうもすみませんでした」

 と彼女が深く頭を下げた。

「え、なに、どうしたの」

「そのせつは……」

「はあ、どうもごていねいに……」

 付き合って俺も頭を下げてみた。


 彼女は顔を上げた。

「お兄ちゃんに、あ、ちがう、兄に、ギルドの紙を勝手にはがしたらいけないって聞いて」

「ああ……」

 受付女性の厳しい視線を思い出す。


「ごめんね」

「いや、別に気にしてないよ」

 思い出グッズが増えたともいえる。


「ほんとう!?」

 彼女の顔が、ぱあっ……! と明るくなった。

 美少女に近距離で笑顔を向けられる。これは、仮に許していなかったとしても許される行為である。美少女とは、かくも得な人間なのである。


「よかった」

 彼女は言うと、近くの草の上に座った。


 ん?

「広い家だね」

「俺の家じゃないけどね」

「あ、薪割り、見ててもいい?」

「見る?」

「参考にしようと思って」

「参考に? 俺の? 俺の薪割りを?」

「うん!」


 なんだろう。

 薪、割ったことないのかな。

 まあ、見れば俺の薪割りが大したことないってすぐわかるだろう。がっかりするにちがいない。


「いいけど」

 わざわざ美少女にがっかりされるために割るのもなあ……、と思いつつ、俺はまた、パカン、パカン、と割り始めた。


「おおー……」


「なるほど……」


 彼女の声が聞こえてくる。

 おせじだろうか。

 ヒマなんだろうか。


 と思ってたら、なんか横に来たり、前に来たりしながら割ってるのを見始めた。

「なるほどねえ……」

 

 気がちる。

 でも、なるほどって言ってくれるてるのに、どいてっていうのもなあ。


「えっ」

 彼女がうしろにまわって見えなくなった、と思ったら左手にあたたかいものが重なった。

 斧を持つ手に重ねられていたのは、彼女の左手だった。


「えっ、えっ、えっ」

 ななななにが起きててててているるるるるる。


「薪割りうまいね!」

「え?」

「ちょっと、一緒に割って、感じをつかみたいんだけど、一回やってみてくれる?」

「は、はい」


 彼女が俺の上から手を握っているといっても、俺の真後ろから、おおいかぶさるように握っているので、彼女の体の前面は俺の背中にぐいぐい押し付けられているのである。

 両手は届かないというので、斧を持っているのは左手だけだけど、体は押しつけられているのである。

 これ以上は平常心を保てなくなるので考えないものとする。


 パカン。

 パカン。

 パカン。


「なるほど」


 三回割ったら彼女が離れてくれた。


「ちょっと私がやってみるね。貸して」

「はい」

「よし。これを、こうすればいいんだよね?」


 彼女が丸太を置いて、斧を構える。


 斧を振り下ろした。

 すっ。


 音がしない。


「え」

 斧の先が、薪割り台の下、地面にめり込んでいた。

 薪だけじゃなくて、台まであっさりと切ってしまっていたのだ!


 ……のだ! じゃない。

 え、どういうこと?


「わっ! ごめんなさい!」

 彼女は斧を引き抜いて、あわてて俺に返してくれた。


「え、すご……」

 格がちがうな……。

 ていうか、冒険者ってすごすぎない?

 殺された魔物は、切られたことすら気づいていないのでは?

 冒険者ってなに?


「ちょ、ちょっと待っててね!」

 彼女は、真っ二つになった薪割り台を、断面を合わせて、なぜか抱きかかえるようにした。


「なにしてるの?」

「もうちょっと待って」

「はあ」


 俺は、彼女が薪割り台を抱えているのをしばらく見ていた。

 謎の光景である。


「よし!」

 彼女が立ち上がる。


「これでだいじょうぶ、くっついたから」

「くっついた?」

「切ってすぐだとくっつくでしょ? じゃ、ありがとう。私行くね!」

「え?」


 彼女が軽い足取りで生け垣をとび越えて、行ってしまった。

 え、ちょっと……。

 薪割り台が……。


 そう思って薪割り台を触ってみると、あれ?


「くっついてる」


 斧の背で軽くたたいたりしてみても、やっぱりくっついてる。

 切ってすぐだとくっつく?


 断面がきれいすぎて、切ったあとが新鮮、みたいなこと?

 だからくっつくって?

 そんなバカな!


 でも、バンバン、力を入れて手でたたいてみても、薪割り台はくっついていた。

 そんなばかな……。

 すごすぎでしょ。

 なにこれ。

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