30 今日
「一緒に食べましょうよ」
体調の回復をおばちゃんに伝えたら、朝食に誘われた。
パン、ミルク、卵焼きという、特別なところのない食事だったけれども、味は特別だった。きちんとした食材なんだろう。
あんまり食べすぎると、その味が基本になってしまいそうでこわい。
舌を肥えさせないのが、安く生きるコツです!
「今日はギルドに行くの?」
「はい!」
「気をつけてね」
「いってきます!」
おばちゃんの家を出て、晴れた日の道を歩く。
ちょっと振り返ると大きな家が見えた。
あれが俺の家だったら、気分がいいんだろうか。
いいかもしれない。でも、維持するのが大変そうだな、という気持ちの方が大きいか。
まあそんなことないし、関係ないけど。
ぶらぶらと、歩いていった。
「申し込みしたいんですけど」
「久しぶりですね」
ギルドの受付で言われた。
「まあ、何日かぶりですかね」
「どうかされました?」
「え?」
「グレイ様は、毎日欠かさずいらっしゃっていたように思いましたので」
「えっと、まあ、ちょっとカゼひいたみたいです」
「冒険がよくなかったのでしょうか」
受付女性が言った。
「はあ」
なんの話だろう。
冒険は体によくない、という俺の意見に、ついに賛同者が現れたのだろうか。
それがギルドの受付だなんて。
なかなか、強い気持ちの持ち主である。
「それで、今日はどういったご用件でしょうか」
「あ、はい」
俺は希望の仕事を伝えて、処理が終わるのを待っていた。
食堂の方から歩いてくる男たちが目に入る。
ごつい男前と、わかりやすい男前の人だった。
こういう人たちのところに、美女が集まるんだろうなあ。
世の中というのは、まったく、という感じである。
なんて思ってたら、ごつい方の男前が、俺のことをじっと見ながら歩いていく。
え?
なんだろう。目をつけられたんだろうか。
いそいで目をそらすと、ごつい男前はそのまま去っていった。
あぶないあぶない。
不要な危機は招かないようにする。
それが人生のコツである。
「グレイ様?」
「あ、すいません」
最後にもう一度求人を確認してから、俺はギルドを出た。
「あら、もう終わったの?」
もどると、おばちゃんが庭で迎えてくれた。
「今日は、申し込むだけなんで」
「あらそう?」
「じゃ、薪割りでもしますね」
俺は腕まくりをした。
「そのことなんだけど、もうやらなくていいわよ」
おばちゃんは言った。
「え?」
クビ?
「そろそろ、別の町に移ろうかと思っているの」
「そうなんですか?」
「もちろんグレイちゃんも一緒よ」
「はあ。迷惑じゃないですか?」
一応きいてみる。
「もちろん! 家に若い男の子がいるっていうのも、大事なのよ」
「それならいいんですけど」
「明日、出発しようかしら」
「そんなにすぐにですか?」
「グレイちゃん、用意が大変?」
「そんなことはないんですけど」
俺がどうっていうか……。
家を見る。
「この家は売るんですか?」
「いいえ? 他の人にしばらく管理しておいてもらうのよ」
「ははあ……。くろちゃんさんにですか?」
「まさか。別の人よ」
おばちゃんが笑う。
俺も笑っておく。
そのようにしてある他の家がたくさんある、というわけか。
なるほど……。
強そうな人生である。
「……あ! じゃあ、俺、いまギルドに申し込んできた仕事、取り消したほうがいいですかね」
「ごめんなさい! そうね、さっき言っておけばよかったわ」
「いえ、じゃあ、ちょっと行ってきます」
「いってらっしゃい」
俺は、軽く走りながらギルドに向かった。
この風景も、しばらく見納めになるかもしれない。
そう思ったらちょっとさびしいような気持ちになった。




