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03 上から彼女

 俺の一日はギルドの受付から始まる。


「グレイといいます。昨日申し込んだ仕事がどうなってるか知りたいんですけど」

「少々お待ち下さい」


 いつものように書類を調べてくれるけど、受付女性が一回、じろりとにらんできたように見えたのは気のせいだろうか。

 もう張り紙をはがしたりはしませんので。


「……はい。135番ですね。応募は受け付けられました」

「そうですか!」

 やったぜ。


「明日早朝、町の外壁調査を担当することになりました。十五人で分担し、異変があったら外壁修繕の専門家に報告していただきます。具体的な日程はこちらの紙をごらんください」


 わたされた紙に書いてあるのは、ほぼ、いま言われたとおりのことだ。

 調査といっても、見回りの散歩みたいなものなので、意識の高い冒険者はやらない仕事だ。

 みんなもっと意識が高くなるといいのに。



 翌日の朝、まだ空が白っぽい時間帯、外壁入口近くに集合した。

 数えてみると、十五人ちゃんといる。

 あくびをしている人もいた。俺だけど。


「集まってくれ」

 装備がしっかりした男が俺たちに呼びかける。


「私は王都から派遣されたベーリンだ。よろしく」

『よろしくおねがいします!』

「君たちには町の、外と中を見てまわってもらう。外、中、希望者はいるか?」


 そう言われると外を希望するのが冒険者というものである。ギリギリまで魔物を倒して達成感を得るチャンスを求める、かっこいい!

 俺は、かっこよくなくていい! 中で安全がいい!


 わざわざくじ引きで、十人の外担当と、五人の中担当が決まった。


 五分割された担当区域のひとつを、俺は歩く。


 町の壁は俺の身長の倍くらいの高さがあって、上には槍のようにとがった金属が突き出ている。あれで、魔物や、勝手に侵入しようとする盗賊なんかをある程度防いでいる。ありがたい設備である。

 あれ以上壁を高くすると、得られる安全に対してかかるコストが高すぎる、とかいう話だ。俺としてはどこまでも高くしてほしいけど。


 早朝の、誰もいない中を歩く。


 空気がひんやりとして気持ちがいい。


 なんて思っているうちに見回り終了。


 一番見晴らしがいい区画を選んだので、最初からほぼ壁の状態は見えているのだった。

 中をやらされた人たちは、ちょっとでも見づらかったり、難しいところを選んで達成感を欲しがっているのでまだ時間がかかるだろう。意識が高い人たち。ありがとう。


 とはいえ、いちおう、二回見た。


 壁の不備は見つからなかった。


 集合場所の方を見る。

 まだ誰もいない。

 外の人はもっとかかるだろう。

 時間があまっちゃったな。


 なんて、計画通りです。


 俺は壁の近くの水場で手を洗い、木陰に座った。

 肩から提げていたカバンから、紙袋を取り出す。


 中に入っているのは、昨日買っておいた丸いパンと、小ビンと、ゆでたまごだ。

 仕事中に朝ごはんを食べる気で家を出てきたのです。不良です。


 まずゆでたまごの殻をむく。

 丸いパンを、横から指を入れるように割って、そこに、二つに割ったゆでたまごを入れる。

 さらに小ビンのトマトトースを入れて、パンを軽くもむようにして中になじませた。

 作ってくるんじゃなく、直前に作るのが俺の好みである。


 よしよし。


「じゃ、いっただっきまーす」


 ぎゅるるる。


 ……。

 変な音が聞こえた。

 

 耳をすます。


 ぎゅるぎゅる。

 ぐぐーぐぎゅるー。

 ぐー。


 なんだ?

 どこから……?


 見上げると……。


「えっ……」


 頭のずっと上。

 木の、上の方の枝に誰かがぶら下がっている。

 服装は男とそれほど変わらないその人が、こっちを見た。


 美少女だ。

「おはよう」

「え、おは、よう」


 え?

 なんで?

 なに?

 これはなに?


「なにしてるの?」

 美少女は俺に言った。

 え、そっちがきく?

 きいていいのは俺じゃないの?


「俺は、仕事で」

 パンを置いて、ギルドでもらった説明の紙を取り出し、頭の上でかざした。仕事内容が書いてある紙だ。


「あ、おつかれさまです」

 美少女は片手で敬礼した。

「ど、どうも」

 あの位置から紙が見えてるんだろうか。


「えっと、なにを?」

 俺は言った。


 彼女は片手で枝につかまったまま、腕を曲げたり、伸ばしたりしている。

「鍛えてるの」

 軽々とした動きだ。

 俺だったら、両手でつかんでも三回が限度だね。

 最近の冒険者は、女子でも体が強いんですね。


「よっ」

 彼女は手を離した。

 どすん、と着地するかと思ったら、す……、とほとんど音もなく着地。

 むしろ彼女が腰にさしている二本の剣のさやが、こすれて音がしたくらいだった。


 ぐー、きゅるるるー。

 また音がした。発生源は彼女だった。


 彼女はお腹をさわって、こっちを見ている。

 キラキラした目で見ている。


「……半分食べる?」

 俺はパンを持って、ちぎろうとしてみた。

 でも、ゆがんで変な形にちぎれそうになる。


「悪いよ! 私が切ろうか?」

 遠慮からのテンポが早い。


 彼女がすらりと、腰に差してあった、短い方の剣を抜いた。

「あ、これは食べ物用だから、きれいだよ?」

「食べ物用」


 そうか、冒険する冒険者は現地で生き物を狩って食べたりするから、そういう剣も必要なのか。

 いや冒険する冒険者ってなんだ。冒険しない冒険者がおかしいんだよ! はい、すいません。

 

「じゃあ、右手で持ってるほうをもらってもいい?」

 彼女は剣をおさめた。

「うん?」


 それは切ってからの話では。

 そう思ったら、両手で持っていたパンの間に線が通っていた。

 ゆっくり離してみると、すでに真っ二つだ。


 きれいな断面。

 どちらも同じ大きさだった。


 え、いつ切ったの?

 どういうこと? ほんとにわかんないんだけど。全然見えなかったよ?


 冒険者って、動きが見えないものなの?

 そんなに強いの?

 なりたくない、とか思ってたけど、俺、冒険者になれないんじゃない?

 強すぎでしょ。

 異次元でしょ。


「えっと、どうぞ」

 俺はパンを渡した。

「ありがとう!」


 彼女はパンを一気に口に詰め込む。

 ハンバーグよりも明らかに大きいし、窒息するのでは。

 と思ったけどむしゃむしゃもぐもぐもぐ、ごくり。


 すごい。


「おいしかった!」

「それはそれは」


 俺もパンを食べる。

 

「おいしいでしょ!」

「うん」

 なんだか本当に、いつもよりもおいしく感じた。

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