28 現地と彼女
「またこれですかー!」
俺は巨大な鳥にしがみついていた。
となりにはバリーゴさんがいる。
鳥は飛ぶ。
速い。
だから風もすごい。
速い。
もうなにも考えられない。
馬車なんて比較にならない速さだった。
「お前が知ってる鳥とはちがうぞ」
バリーゴさんが言う。
俺にとってはどっちでもいい。
すごい風の中、必死で鳥に取り付けられた革のひもをつかんでいた。
馬に乗るとき、なんかいろいろつけて乗りやすくしてるやつがある。あれと似たようなものだろう。
と乗る前の俺は考える余裕があったがいまはない。
がんばってつかまるだけ。
一応、もし俺が落ちてもバリーゴさんは助けてくれると言っている。
男はそう供述していた。
横を飛ぶ鳥には、サーフさんと彼女が飛んでいた。
「ねえ、どこに行くのー!」
彼女が大声で言う。
「それは言えねえな!」
バリーゴさんが風圧に負けないよう怒鳴り返す。
「なんで!」
「それを教えたら、お前らだけで勝手に行っちまうだろうが!」
「私たちが行くんだから、いいでしょ!」
「そうはいかねえ」
バリーゴさんが、くっくっく、と笑っていた。
「お楽しみに」
なぜかサーフさんの声は自然に聞こえてくる。
通る声だ。
なにかやってんだろうか。
という考えも風にのって吹っ飛んだ。
残っているのは、落ちたくない! という気持ちだけ。
広い草原をこえ、遠くまで広がる森もこえて、ぐんぐん飛んでいく。
この景色の、どこに置いていかれても遭難する自信があるぞ。
「ほら、見えてきた」
サーフさんが言う。
森の間にぽっかりとあいたところがあり、そこに湖があった。
湖のほとりに、一軒、小屋がある。
「……あそこですか?」
「おい」
バリーゴさんが言った。
「結界だ。体に力入れろ。壁に当たるつもりでな」
「え?」
「ふっとばされんなよ」
「ええ?」
「グレイ君! 気をつけて!」
「えええ?」
なにが起きるの?
鳥は、湖の横の草原目指して降下していく。
最後に大きく羽ばたいて、ふわりと着地した。
「全然平気だったじゃねえか。ちっとは、根性入るようになったか?」
バリーゴさんが言う。
気をつけろ、って言ってた件だろうか。
でも、俺はなにも感じなかったけど。
結界とか言ってたっけ。
なんだったんだろう。
みんなで鳥から降りたら、鳥が舞い上がった。
「あっ」
と声を出したのは俺だけだ。
「いいんですか? 行っちゃって」
「よく見ろ」
俺は見上げる。
鳥は上空で、小さく見えていた。
上空でゆったりと、大きな円を描いて飛んでいる。
ほとんど羽ばたくこともないようだ。
置き去りということはないらしい。
ほっとしたら、なんだか腕の重さを感じた。
手も、ずっと力を入れていたせいか、手を開くだけで、ギギギ、と音がしそうなくらい、筋肉がいっぱいいっぱいな感じがする。
俺は、三人を見た。
ちょっと休む? なんて言い出しそうな人が誰もいない。
むしろ彼らからしたら、いまのが、休んでたんだろうか。
いやー、冒険者、人の気持ちがわからないね!
「ここがウィース様に言われた場所だよ。到着だ」
サーフさんがあらためて言った。
「……でも、小屋しかないですね」
湖の近くの小屋は、なんていうか、湖の様子を見る小屋、といったような印象で、住むのも難しいくらいの大きさだ。
ちょっとした物置というか。
「まわりをよく見ろ」
バリーゴさんが指す。
森の方。
木々の間に、建物が見えた。
四人で森に入っていってみると、そこには、木の幹を柱の一部に利用したような建物があった。
それが、人の住めそうな家だ。
それだけじゃない。
横の木には、幹に屋根だけ取り付け、かんたんな椅子を置いた、休憩所みたいな場所もある。
太い幹の木を見上げれば、上の方に建物自体が乗っかっているものもあった。
あんなところで生活するのも楽しそうだ。
あそこまで登れれば、だけど。
「秘密の家、か」
サーフさんが言う。
「おい、あの家で、お前らなにする気だ!」
バリーゴさんがいきなり俺に怒鳴った。
「え? え?」
「お前、あの家でリリアとなにしようって思った!」
「俺はなにも言ってないですよ!」
「考えたのか!」
「考えてもいません!」
「なにが夜の秘密基地だ! 誰にも知られない、君と僕だけの時間だと? ぶっとばすぞ!」
「考えてませんってば!」
もうバリーゴさんの発想が武器屋の店主と同じじゃないか!
助けて、と彼女を見ると、なんだかぼうっとしていた。
どうしたんだろう。
あれ?
そういえば、彼女の声をほとんど聞いていないような気がする。いつからだろう。
降りてから?
その前?
サーフさんも彼女を見た。
「おい、こっちを見ろ!」
バリーゴさんは気づかす、俺に顔を近づけてくる。
圧がすごい!
ごついだけじゃなくて、男前だから!
男前って圧力あるんだな!
「……あんたら、なにをさわいどる」
はっとして、声のしたほうを見る。
木々の間、薪を背負った白髪の男が立っていた。
「誰だ」
白髪の男は言う。
「あの、我々は」
サーフさんが笑顔をつくって、口を開いたときだ。
「じいやさん!」
彼女が急に声をあげた。




