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23 研修 合流と青

「あ、これ!」


 まだそれほど歩かないうち、彼女は俺を引いて木々の間に入っていった。

「ちょ、ちょ、ちょ」

「これでしょ」


 俺たちの前にあったのは、青い木の実の木だ。

 え? でも、こんなところに?


「とってみようか」

 彼女が俺の手をつないだまま木に登ろうとする。

「ちょ、ちょちょっと」

「あ」


 彼女は、うっかりうっかり、と笑うと、俺を抱えて木を登り始めた。


「うおっ、ちょちょちょ!」

「これこれ」

 と彼女が実をとって木を降りるまで、俺の視界はぐるぐるまわっていた。


「はい」

 地面にもどって、目がまわっている俺に渡された青い木の実は、黄色い実より小さく、皮がうすくてプニプニとしている。


 俺は紙を見直した。

 木の実の外観は、紙に書いてある特徴どおりだった。

 これは食べてもあんまりおいしくなくて、すりつぶして染料に使われることがあるらしい。

 でもまだ、青い実の木が生えている場所ではない。


「こっちには赤い実があるよ」

「えっ?」


 また彼女に振り回されながら採取した赤い実は、これも紙に書いてあったとおり、いくつかの小さい実が連なっている形だった。

 これは、主に食べるものだそうだが、酸味が強いので、単独で食べるというよりは料理の中にアクセントとして使うそうだ。


「すっぱー」

 彼女が眉間にしわを寄せていた。


「あんまりすっぱいと、笑っちゃうよね」

「それはちょっとわかる」

「ねー」

「ね。……いや、そうじゃなくて。なんでここにそろってるわけ?」


 黄色、青、赤の実がなる木が全種類生えていた。

 研修に使うくらいだからちゃんとバラバラに育っている木なんじゃないのか。


「こんなふうに集まってるところもあるんだよ。ここに来ると食べ比べができるからね。すっぱ!」

 彼女はまた赤い実を食べる。

 それはあんまり食べるやつじゃない。

 

「黄色いのを食べたら?」

「あ、グレイくんの食べる分も持ってきてあげるね」


 彼女が俺を抱えて、木をひょいひょいと登っていく。

 頭がぐるんぐるんと回される。なにか言おうと口を開いたら、さっき食べた木の実が出そうだった。


「はいどうぞ」

「あ……、どうも…………」

 俺はそのままカバンに入れた。


 そのとき、背後でなにか聞こえた。

 耳をすます。話し声だろうか。


 俺は彼女と顔を見合わせ、背の高い草むらの向こうをまわりこんでみた。


 そこにいたのは。


「ふうー!」

「いいよいよー!」

「いえー!」

「最高ー!」


 口々に変な声をあげている男たちだった。

 逃げようか。


 いや?

 というかあれは。


「お兄ちゃん?」

「おう、リリアか」


 バリーゴさん以下、ヤッカラドッコラヨッコラ、合わせて四人だった。


 小さな白いものを中心にして、草の上に座って熱心にそれを見ていた。


「なにしてるんですか?」

「ああ、白ネズミだ」

「それが?」


 近づいて見てみると、それは骨だった。


「白ネズミを焼いて、骨を組み立てるのが、すっげえ気持ちいいんすよ」

 ヤッカラはうっとりした顔で、小さな骨を、ネズミの胸のあたりに取り付けた。肋骨だろうか。


「ふうー!」

 変な声を上げている。


「それが、白ネズミの、気持ちいいやつですか?」

「そうっす! めっちゃ気持ちいいんすよ!」


 気持ちいいって、そういうことなのか。

 なんか思ってたのとちがうな。

 じゃあどういう気持ちよさだと思ったんだ? ときかれたら、俺はだんまりである。


「おい、なにしてんだ」

 うっとりしていたバリーゴさんの表情が、瞬時に引きしまった。


「はい?」

「手え!」

 あっ。


 俺は彼女の手を離しそうとしたら、彼女がぐっ! とつかんだのでまだ握り合っている。


「お兄ちゃんのせいでしょ」

「ああ?」

「グレイくん置いていったでしょ!」

「あ? ああ、まあ」

「ひどいんじゃないの?」

「ああ……。でもな!」

「なに! グレイくんが魔物と戦えないの、知ってるんでしょ!」

「こんなとこで死にやしねえだろ」

「死ななきゃなにがあってもいいの!」


 気づけば、二人の言い争いが始まっていた。


「どうすかグレイ君」


 ヤッカラはヤッカラで、となりで彼女とバリーゴさんが言い合っているというのに、平気で俺に話しかけてくる。


「なにが?」

「これっすよ」

「これが白ネズミ?」

「そうっすよ! グレイ君もやりますか?」

「やるって?」

「こうやって、完成させてくんすよ」

「なにをしてるわけ?」

「白ネズミは、白ネズミを焼いて、骨だけになったやつを、こうやって組み上げて、また白ネズミの形にするのが楽しいんすよ。こう、一個一個の骨が、ぱちっ! てはまるのが、まじで気持ちいいんす!」

「へえ……」

 俺を見てヤッカラたちが笑った。


「ま、おれも最初はそう思ったんすけど、これ、やってみてくださいよ」

 と、すすめてくる。

 なんだか期待の目ですすめてくる。


 でも断る。

「いいや」

「なんですっすか?」

「いや……。別に、ヤッカラたちが変だとか、悪いとか言うつもりはないんだけど……」

「はい」

「なんか、遊ぶために殺すっていうのは……。いや、別に、殺すんだったら、食べるんだって、遊ぶんだって、狩りのためだって、なんだって一緒だとも思うんだけど、気持ちの問題っていうか……。あ、なんか、ごめん……」


 せっかに楽しんでるのに、よけいなことを言ってしまった。

 別にいいと思ってるなら、変なこと言わなきゃいいのに。


「……なるほど。グレイ君は深いっすね。まじ深っすよ」

「え?」

 まじ深?


 ヤッカラたちは何度もうなずく。

「おれらは、これが楽しいって言われたから、楽しい気がしてるだけなのかもしんないっすね」

「そっすね」

「かもしんねっす」


 俺は首を振った。

「それは別にいいでしょ。楽しさなんて、人それぞれなんだから」

「おおー……」

「グレイ君、まじ深っすね……」

 ヤッカラがしみじみと言った。

 だからそれなんなんだ。


「で、やりましょうよ! 白ネズミ!」

 ヤッカラは言う。

 俺の話聞いてた?


「おい! いつまで手え握ってんだコラ!」


 急に横からバリーゴさんの手が伸びてきて、俺の胸ぐらをつかんだ。

 ぐいっ、と持ち上げられて足が浮いた。


「ちょっとお兄ちゃん! やめてよ!」

「てめえ、いいかげん離せ!」


 たぶん、バリーゴさん、本気で怒ってるというよりは、彼女に言い負かされたせいで、やつあたりというか、照れ隠しというか、そういう感じなんだろう。

 そうわかっているのに、俺は体が動かなくなった。

 しょうがない。暴力には弱いのである。


 バリーゴさんも、おや? というように俺を見る。

「本気でびびってんじゃねえ」

 つまらなそうに、手を離した。

 俺は足をついて、おっとっと、と転びそうになる。

 彼女が手を引いて、俺、しゃきっ。


「ちょっとお兄ちゃん!」

 また言い争いが始まりそうになったときだった。


「あれ、グレイ君、その目どうしたんすか」

 急にヤッカラが言った。


「目?」

「なんか、青いすよ」

 そう言って、ヤッカラは剣を抜く。

 おいおい、と思ったけど、側面で反射した自分の顔を見ろ、という意味のようだった。


 たしかに、俺の黒目が、青くなっていた。


「青いね」

「青いな」

「青いっすね」

 口々に言う。


「これって、なんなんですか?」

 俺が言うと、みんな首をかしげた。


「病気、っていうわけでもないだろうしなあ」

「青い実のせいかな」

 彼女が言う。

 食べてないし、食べてたとしてもそうなったらこわいでしょ。


「まじ深っすね」

 ヤッカラがすかさず言った。

 まじでなんなんだ。


「じゃ、治療院で診てもらおうか」

 彼女が言うと、俺の手を引っぱって元気に歩きはじめた。


「おっとっと」


「おい、木の実は!」

「もう全部集めました」

 引っぱられながら俺がカバンの中を見せると、おおー、というヤッカラたちの声が聞こえた。


「さすがグレイ君すね」

 もうなにがさすがなのか、全然わからない。

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