21 研修 彼女と森の軽食
「はー、生き返るー」
彼女は黄色い木の実を割って、中身をつるりと飲んだ。
こぶし大の、つるつるしている表面はすごくかたくて、でもその中はとろとろで流れそうなやわらかい果肉が入っていた。
それを彼女はおいしそうに、あっという間に5個分、飲み干していた。
手で割ってみようとしたけどまったく歯が立たなかった。
「あーおいしかったー」
「お腹減ってたの?」
「昨日からなにも食べてなくて。今日はパンしか食べてないから」
パンは、食べ物ではない……?
「グレイくん、森にいるなんてめずらしいね」
「ギルドで冒険の研修があって、しかたなく。仲間とこの森の木の実を集めるっていう。知ってるよね」
「あー……、シッテルシッテル」
知らない人の言い方だった。
「だから、全部食べられちゃうと困るんだけど」
「言ってよ」
「知ってるって言ってたから」
「……ちょっとこっち来て」
彼女は手招きをした。
「なに?」
のこのこ歩いていったら、彼女が俺を抱えた。
走り出す。
「うわっ!」
景色が一気に流れて、立ち止まったのは黄色い木の実の、木の下だった。
「これでよし!」
「うまい!」
「でしょう?」
割ってくれた木の実の中からとろりと出た果肉には、流れ出しそうなやわらかさでごくりと飲める。
さわやかなだけじゃなくて、あまみもしっかり感じる。
みずみずしくて、水分補給もばっちり。そのせいで、ちょっとのどがかわいていたことを思い出したくらいだった。
「うん」
「もっと飲む?」
彼女は果汁がついた指をぺろりとなめてから、もう一個実をとる。
そして割ってくれて、俺に片方くれた。けっこうかたいのに、あっさり素手で割るのはさすが冒険者というところか。
「ありがとう」
実に口をつけてから、ふと思う。
彼女が指をぺろりとしてから、その手で実を割って、俺にくれた。
彼女の唇が触れた手で触れた実に俺は口をつけている。
短縮すれば、彼女の唇に俺の唇が触れている。
短縮しなければそうじゃない。
俺はなにを言っているんだ。
飲もう。おいしい。
「おいしいね!」
「うん」
「どうしておいしいか知ってる?」
「え?」
「この木はね。たまに魔物を取り込んで、栄養を吸収するからだよ! しっかりと、生きものの栄養を、取り入れているんだね!」
「……」
俺は、彼女が差し出した、次の木の実から手を引いた。
「どうしたの?」
「あ、うん、今日はもういいや」
「そう?」
彼女はつるりと飲んだ。
それから俺を見た。
「ふたりきりだね」
彼女は言った。
「え、そ、そうだね!」
声が裏返った。
急になに? 急に。
ちょっと。
俺はズボンで手の汗をふいた。
なにが始まる……?
なにが、始まる……!?
「研修って、ひとりで来たの?」
彼女は言った。
あ、人数確認ですか。
「他に三人、初級冒険者がいたんだけど」
「うん」
「あとは超級の、バリーゴさんが監督役として」
「え? お兄ちゃん?」
「うん」
「みんなはどうしたの?」
「白ネズミっていうのが出たって、どこか行っちゃった」
「ふうん」
あれ?
てっきり、白ネズミ! どこ! どこ!
みたいになるのかと思ったのに。
そういうんじゃないの?
「白ネズミってなんなの?」
俺が言うと、彼女は変な顔をした。
「なんか知らないけど、男が好きなものなんだって、言ってた」
「へえ」
「持ってると、気持ちいいんだって」
「え?」
気持ちいい……。
「どう思う?」
彼女が俺を見る。
「どうって言われても……」
これは微妙な話題だな?
「白ネズミ、私には見せてくれないんだけど。グレイくんは好き?」
「俺は見たことないから……」
「興味ある?」
「まあ、あんまり、興味ないかな」
彼女の視線にさらされると、そんなことしか言えませんね。
そうしたら、彼女がにっこり笑ってうなずいた。
「よかった!」
よかった!
よくわからないけど本当によかった!
「お兄ちゃん、自分はちゃんとやってるみたいなこと言ってたくせに、白ネズミ追いかけてたんだ。言いつけちゃおう」
彼女がぶつぶつ言いながら、もりもり木の実を食べる。
「じゃ、悪いけど、町にもどりたいからついてきてくれる?」
俺が言うと、彼女はふしぎそうにした。
「帰るの」
「そりゃあ」
「どうして?」
「どうして?」
「私と、続きしようよ!」
彼女は言った。
「え? あ、うん、じゃあ……」
「やった!」
彼女はにっこり笑って俺の手をにぎった。
「ひっ」
「グレイくんは、魔物苦手なんでしょ?」
「あ、ああ、あああ、ああああ」
俺の頭がぶっこわれかけた。




