20 研修 おいてけぼりと救世主
草原を割るようにのびていく道。
馬車も通るのできれいに整備されている。見晴らしがよく、魔物の姿もない。
振り返ると離れたところを歩いてくるバリーゴさんの大きな体が見える。
あんまり見てるとなにか言われそうなので前に進む。
近づいてくる、木々。
「これが北の森か……」
「グレイ君は行ったことないんすか?」
ヤッカラが言う。
「うん。ない」
「マジすか。でも平和なんでめっちゃ楽すよ」
「そうなんだ」
「あっちの山はヤバいやつ出るんすけど、森はマジ平和っす。マジで」
ヤッカラが親指をぐっ、と立てた。
明るく元気な男だな。
森の中は、馬車は通れないようで、太い道は森を迂回するように遠ざかる。
すこし細くなった道で、森の中に入っていった。
「けっこう明るいんだ……」
森の中に入っても、木の間からたっぷり光が入ってくる。空気も涼しくなって心地いいくらいだった。
でも油断はできない。
ここには魔物がいるのだ。
俺は事前に配られた紙を見る。
「森トカゲと、森ネズミには気をつけないと」
正式名は別にあるらしいが、冒険者にはそう呼ばれているらしい。
どちらも爪と牙で攻撃してきて、毒がある。
「毒か……」
「平気っすよ。ちょっと、腹こわすだけっすから」
ヤッカラは言った。
「そうそう。他の毒はないし。水がないとこだとやばいっすけど、森トカゲは、きれいな水があるとこにしかいないすから」
「水分だけ切らさなきゃ、明日にはすぐ治りますよ」
一瞬、なるほど、平気だ、と思ったけどよく考えてみよう。
すごい嫌でしょ?
冒険で考えたら大したことないみたいな感じだけど、地味に効いてるでしょ?
お腹こわすの、嫌じゃない?
「それより、グレイ君すごいんすね」
「なにが?」
「バリーゴさんと知り合いなんすか?」
「そうそう!」
ドッコラだかヨッコラだかルッコラだか知らないけど、三人で俺に詰め寄ってくる。
本人たちは詰め寄ってる意識はないのかもしれないけど、体格の圧。
「知り合いっていうか、ちょっと会ったことがあるだけで」
「すげー」
「おれら、話もしてもらえないっすよ」
「向こうから、グレイ君のこと呼んでたじゃないすか。めちゃくちゃすごいすね」
なんだかすごいすごい言われると、逆になんか、こう……。
なーんだ、本当にすごくないんだ、と知られたときの落差が生まれてしまいので、すごいと思われたくないというか。
「そうかな。嫌われてるだけじゃない?」
「嫌われてるなんてすごいすよ。おれら、空気っすよ?」
「そうそう」
「嫌われるより空気のほうがよくない?」
「好きの反対は無関心っすよ。空気より嫌われたいっすよ!」
そうなのかな?
10の反対がマイナス10なんだから、好きの反対は嫌いでしょ?
無関心の反対が無関心なだけで。0の反対が0、みたいな。
俺は無関心のほうがいいなあ。
ガサガサッ。
「ひっ」
俺が草むらから離れると、そこから、かわいらしい小動物が出てきてこっちを見た。
それはすぐに、草むらにもどっていってしまった。
「なにあれ!」
「あれは森リスっすよ」
もりりす。
「ビビリすぎすよグレイ君。トカゲとか楽勝っすから」
「いや、ビビリと言われようと、俺は警戒を続ける」
俺は言った。
「みんなにビビリって言われていいんすか?」
「嫌っすよね?」
「ビビリって言われて腹をこわさないのと、ビビリって言われないで腹をこわすのだったら、俺は、断然ビビリって言われたほうがいい! 魔物となんか、会いたくない!」
俺は宣言した。
さあ、俺を見下せ!
腹は下したくないが、見下されるのはかまわん!
そして俺がいないかのように、君らだけで大活躍して終わらせてくれ!
「……なんか、かっけーっすね!」
ヤッカラが感心したようにうなずく。
「は?」
「自分の道、歩いてる感じで、かっけーっす」
ヤッカラは、人さし指の第二関節あたりで鼻の下をこすっていた。
「そういうところがバリーゴさんに気に入られてんのかもしんないっすね」
キラッ、と歯を光らせた。
どういうとこだよ。
「魔物は、おれらに任せてくださいよ」
「ういっす」
あとの二人も、あごを突き出すようにして頭を下げてくる。
「はあ、じゃあ、よろしく」
それは助かります。
「いくぜー! ういー!」
「ういー!」
ヤッカラたちは、なんか盛り上がって走り出そうとしていた。
「あ、ヤッカラ君、ちょっと待った」
俺は声をかけた。
「なんすか?」
不機嫌そうに立ち止まる。
「そこ、例の木の実の木だよ」
さっきから、魔物の注意書きと地図ばかり見ているからわかる。
川と、道との位置関係からして。
今回の冒険の目的である、三種類の木の実回収。
そのひとつだ。
黄色い木の実。
「さすがグレイ君すね。おれらだったら、あとで取りに来てもいいやってテキトーでしたわ」
「さすが!」
「グレイ君!」
「いや、別に俺は……」
「じゃ、取ってくださいよ!」
「俺が?」
「そうっすよ! グレイ君の手柄じゃないっすか!」
「……まじで?」
ただ、この木は低いところからしっかりした枝が出ているので、安心できる。
「まあ、いけるかな……?」
「全然いけますって!」
「子どもでもよゆーっすよ!」
「ちょっと寝てたっていけんじゃないすか?」
お前ら、もしかしてすでに俺のことバカにしてるな?
まあ、登りますけど。
手をかけ、足をかけ、登っていく。
うん、するするいける。
あっさりと、俺の身長の倍くらいの高さまで行けた。
「よし。これをとればいいんだよね?」
「そうっす!」
木の実は、ひとつの枝に10個以上あるから、もういくらでも取り放題という感じだ。
俺は、近くにある黄色い木の実をとった。
俺の拳くらいの大きさで、黄色い表面がつるつるでかたい。つかんでひっぱると、とれた。
「5個くらい持ってけばいいよね?」
俺は、実をとって、カバンに入れていく。
「そうっすね! あ! 白ネズミだ!」
ヤッカラが声をあげたと思うと走り出した。
「まじだ!」
あとの二人は、止めるのかと思ったら積極的に追いかけていく。
「うおすげー!」
「待てー!」
希少な魔物か?
いや、なにしてんだ。
そんなことだと、バリーゴさんに怒鳴られるぞ。
「待て待ておれにも見せろー!」
と追いかけていくバリーゴさん。
おい。
え?
気づけばもう、四人の姿は見えなくなってしまった。
おいおい。
え?
えっと……。
あとに残されたのは、慣れない森にひとり、俺なのだった……。
まずいでしょ!
とにかく急いで降りて、追いかけた。
道順的には、先の方へ行ってしまっている。急がないと!
けど、さっそく道が分岐していた。
今回、正しい道順は右だけど、あの冷静さを失った集団がちゃんとした方に行ったとは思えない。そもそも、道に行ったかどうかもわからない。
どうする。
帰るにしても、すっかり森の中だ。
ここからひとりで帰らなければならない。
……なぜ?
超級の監督どうした。
バリーゴさんは、なんのためにいる?
どうしよう。
もどればいい道順はわかる。
でも、魔物が出るかも。
俺が倒さないといけないの?
うそ?
……。
うそ?
急に、肌にひんやりしたものを感じる。
気温が下がってみたいな……。
俺はカバンから木の実を出した。
とにかく、先に行くのは無理だ。
彼らが帰ってくる可能性はきっとない。
ギルドへは、これを持って帰って、今回は合格としてもらおう。
四人で3つ持ち帰るんだから、ひとりで1つ持って帰ったらセーフでしょ?
よし、帰るぞ!
「なんとか帰れたらだけど」
お腹こわし男として町に帰らなければならないかもしれない。
嫌だ。すごく嫌だ。
……やっぱり、待ってようかな。
もどってきてくれるかもしれないし……。
ガサガサッ。
「ひいっ!」
近くの草むらが大きくゆれた。
これは、トカゲとかそんなもんじゃないぞ!
死ぬ!
「あれ?」
と出てきたのは。
「おいしそうなもの持ってるね! 1個ちょうだい!」
とにっこり笑う彼女。
「あ……」
「あ?」
彼女が首をかしげる。
「あげる! 何個でもあげるから一緒に行こう!」
俺が彼女の木の実を握らせつつ、その上から手を強く握ると、彼女は目をまんまるにして俺を見ていた。




