18 彼女をおんぶ
講習会が終わってもまだ彼女が寝ていたので、頭にかけてあったタオルを外して、肩をゆすった。
「もう終わったよ」
「ううん……」
「寝るなら家で寝ないと」
「うん……」
そう言って彼女はまた目をつぶる。
「おんぶ」
「はい?」
「おんぶして」
「……えっと、俺はお兄ちゃんじゃないんだけど」
「グレイくんおんぶ」
彼女は、またタオルをかぶって、腕を前にのばした。
「いや、おんぶって言われても……」
「ギルドまでおんぶ」
「ええ……?」
そのとき俺の脳裏にあることがよぎった。
そう、ある考えだ。
「ギルドまで?」
「うん」
「わ、わかった」
「やった」
かぶっているタオルがすこし動いた。
俺は彼女の前で背中を向けてしゃがんだ。
「しゃがんだよ」
「うん」
彼女が背中に乗った。
そのとき感じたのである。
そう、やわらかい感触である。
一般的な判断基準からいったら、ささやかなやわらかさかもしれない。
しかし確実に存在していた。これはまぎれもない事実である。
これは合法であるなにより彼女がおぶってくれと言ったからであって俺が背負いたいなんて言っていないしぶしぶしょうがないから彼女の依頼に応えているだけであるそうなのである以上。
やわらかい感触が背中に押しつけられている。
さらにいうなら、俺は彼女の、両方のふとももを抱えて歩いている。
これを感じながら、ギルドまで行けるのである。
天国だろうか。
もとい、これは労働である。
給料も出ない労働である。ああ大変だ大変だ。
「よっ、と」
俺は立ち上がろうとして、すこしよろけた。
なんとかふんばる。
よし。
さてスタートだ。
俺は背中のやわらかさを感じながら、ギルドへと歩き始めた。
このとき、わずかな違和感があった。
そう、俺は思いちがいをしていたのである。
それに気づくきっかけだったのに、それを見ないふりをしたのだ。やわらかさのために。
俺は背中全体にあたたかさと、一部にやわらかさを感じ、ふとももをしっかりを抱えて歩いていた。
「はあ、はあ」
いつしか息が切れていた。
そうなのだ。
重いのだ。
人間の体は重いのだ。
いくら彼女が女の子だとしても、人間である。
さらに、冒険者だから筋肉もついていなければならないだろう。
筋肉はぜい肉より重いらしい。見た目では、重さがわかりにくくなるというわけだ。
それを抱えて、ろくに冒険にも出ない俺が歩いている。
息が切れるのは当然だったのだ。
「はあ、はあ」
楽ではない。
気づけば背中に感じるやわらかさにもすっかり慣れて、どうでもよくなりつつあった。
「はあ、はあ」
いや、本当に。
重い。
人間。
「はあ、はあ」
出発点の広場とギルドは、町の中でもちょっと離れた位置にある。
歩いてまだしばらくかかる。
重い。
「よいしょ」
よっ、と彼女のを背負い直し、太ももを抱え直す。
「んっ」
耳元で悩ましげな声が聞こえて、ひざからくずれおちそうになったが耐えた。
新しい刺激だ。危なかった。
「はあ、はあ」
「……」
「はあ、はあ。……よいしょっ」
「んっ」
「はあ、はあ」
「ん……」
「はあ、はあ。……よいしょっ」
「んんっ!」
「はあ、はあ」
「ん……」
「はあ、はあ」
「……」
「はあ、よっ」
「あっ……」
「はあ、はあ」
「……」
「……、……」
「あっ」
彼女が小さく言った。
すると彼女は、いままで、俺に完全にもたれるようにしていた上半身を、起こしたようだった。
さっきまでは、頭を俺の肩にのせるようにして、だらりと腕を俺の前におろしていたのが、手を俺の肩に置き、前腕部から肘が俺の背中にそえられるような形に変わった。
やわらかい感触が伝わらなくなった。
「起きた?」
終わり?
「……まだ」
「そう」
また歩きだす。
「ねえ、グレイくん……」
「ん?」
「……あた、る……?」
「……え、なに?」
疲れているせいか、声が小さいのか、はっきりわからなかった。
このまま俺が寝て、彼女に背負っていってもらいたいくらいだ。
男がそんなことでいいのかと言われたらいいと答える。そういう状態だ。
「あの……」
「うん」
「……なんでもない」
「ふうん?」
「うん」
「……降りる?」
「おりない」
「そう」
彼女はまた俺の背中に体を密着させて、腕を俺の首に軽く巻きつけた。
それからしばらく歩いて、やっと、ギルドが見えてきた。




