14 二人の魔物退治
実戦の日だ。
夜が明けたくらいの早朝に、町の入口近くで待ち合わせることに決めていた。彼女のすすめでその時間にした。
遅れるわけにはいかないので、早めに家を出た。
夜明け前の町は暗く、一定間隔で、魔法石が上部に取り付けられた街灯が立っている。
人がいない。
俺はあんまり外が暗い時間帯にうろうろしない。危ないし。
それでも出ることがあっても人通りはある。
いまはちがった。ひっそりとしていて音がなく、俺の足音さえはっきり聞こえる。
こんな静かな空気の中、彼女と二人きりか。
「……」
昨日から具体的に考えないようにしていたのに、考えてしまった。
魔物を倒しに行くんだ。変なことを考えるな。
いや変なことってなんだ。
「……」
考えてしまった。
内容は伏せる。
そうこうしているうちに、町の入口が見えてきた。
扉の前には警備兵が三人いる。
当然まだ夜は明けてない。ちょっと早すぎたかもしれない。
兵隊がこっちをチラチラ気にしている気がする。このまま彼女を待つとしても、仕事の証明書を見せて、だいじょうぶな人ですよ、って言っておいたほうがいいかも。
「おはよう」
「ひっ!」
いきなり背後から声をかけられて、死ぬかと思った。
振り返ると男が立っていた。かんたんな鎧を着ていて、背が高く背中からにゅっ、と背負っている剣の柄が見えている。
その柄に手をそえた。
え、なに?
辻斬り?
俺死ぬの?
「あれ?」
見たことがある顔だ。
彼女の兄だ。名前はたしか。
「あ、ええと……、あの……わ」
わかりやすい男前、と口に出すのはこらえた。
「サーフだよ」
男は、柄から手を離した。
「そう、サーフさん」
名前はわかった。
それ以外がわからない。
「えっと……、どうしてこちらに……?」
「グレイ君。君はどうしてここにいるんだい?」
サーフさんは優しげに微笑む。
質問を質問で返すのは良くないですよ。
「あ、ちょっと妹さんに協力してもらうことになりまして」
「うん。魔物を倒さなければならないという新しい規則だね」
知ってるんじゃないか。
「俺、いままでほぼ魔物を倒さない生活をしてきたって言ったら、手助けしてもらえるとのことで」
「では行こう」
「はい?」
「リリアは急用で、僕が代わりに来ることになった」
「え……?」
「僕じゃ不満かな?」
「不満というか……」
「行こう」
と歩きだす。
押しが強い。
警備兵は、町の安全を守る人たちだ。特に、町の扉は、外からの魔物や盗賊などから人々を守るための大切な場所だ。ギルドの仕事ですよ、という証明書を見せないと、動いてはいけない。厳重な管理あっての安全だということを、しっかり考えていかなければならないのだ。
「どうも」
「これはサーフさん!」
「ちょっと開けてもらえる? 彼と、軽く魔物を倒したいんだ」
「かしこまりました!」
かんたんに開いた。
大きな扉の横にある、小さな扉だけど、かんたんに開いた。
いいのか警備兵。
すごいのかサーフさん。
「ごくろうさま」
「おつかれさまです!」
ためらいなく出ていくサーフさんに続いて、俺は警備兵に軽く頭を下げ、外に出る。
「おお……」
平原が広がっている。
黒々として見えるのは森だろう。ずっと遠くの方に山も見える。
ちょっと扉を出ただけなのに、なんだか別の地域に来てしまったような気がした。
「どうかしたのかい?」
「こんな時間に外に出ることは、ほとんどないんで……」
扉の外に出たことはあるけど、明るいときだ。
それも、十人以上と一緒だった。
初めて冒険者として活動するにあたって、魔物と戦うのはやめておこう、と思ったときの嫌な気持ちも思い出しそうになったのを、振り払う。
扉が閉まった。急に心細くなる。
「さて。狩りの前に、ちょっとききたいことがあるんだが」
サーフさんが俺を見た。
「なんでしょう」
「君は、その、どういうつもりなんだい?」
「どういう?」
「君は自分の現状を、どう考えてるんだい?」
「現状といいますと」
「わかるだろう?」
「……。まあ、その、あんまりよくないかもしれないな、とは思ってますけど」
「よくない?」
「はい」
冒険者としては、やはり魔物を倒すのがふつうだろう。
魔物を倒したくない、という自分の姿勢が悪いとは思わないけど、でも、こうして他人の力を借りて魔物を倒し、冒険者を続ける、ということにきっと、サーフさんは違和感があるだろう。
「君はよくないと思ってるのか」
「俺は良くないとは思ってませんけど、サーフさんから見たら、良くないって思われてそうだな、っていうことで」
「そういう自覚はあるんだね。じゃあ、やめるのかい?」
どう言ったらいいだろう。
素直に言っていいんだろうか。
「自分の思うようにしたいとは思ってます」
「僕がどう感じようともかい?」
サーフさんはあくまでおだやかに言う。
さっきの警備兵の態度からしても、サーフさんはかなり冒険者として名のある人なんだろう。
そんな人からしたら俺を見て、いらついているか、それ以上の、大きな負の感情を持って俺に、いま接しているのかもしれない。
でも、それはそれだ。
俺は、強くなりたいかと言われても、やっぱりそうは思えない。
強くなくてもいいとさえ思う。
戦いを他人に任せたとしても、俺は平和に生きたい。
それくらいに思っているのは事実だ。しょうがない。
「サーフさんがどう考えていても、俺には関係ないといえば関係ないですね」
「ふふ」
サーフさんが笑った。
「僕に、そんなにはっきりと言うなんて初めてだよ」
「そうですか」
「君は変わってるな」
とさわやかに笑う。
「はあ」
まあ、冒険者で、戦いたくないって正直に言う人はいないのかもしれない。
「まあ、でも、俺がどうするかっていうことが、サーフさんに関係あるわけでもないですし」
「いや、そこまではっきり言われると気持ちがいいな。なるほど、たしかにそうだ。グレイ君とリリアが、どのような関係で、どのようなことを思ったとしても、僕らが口出しすることではない、か」
サーフさんが遠い目をした。
ん?
いまなんて言った?
なんか、話がかみあってない?
「えっと、あの、妹さんが、なにか?」
「ふっ。急にとぼけなくてもいいよ。だがね」
サーフさんは笑みを消し、真顔になった。
「まあ、友だち付き合いに口を出す気はないが、それ以上の関係になるつもりなら、それは僕らも黙っていない、とだけ言っておこうか。妹離れできていないとか、そういうことを言われる覚悟はできている。その上で言わせてもらうよ」
「えっと?」
やっぱりなんかかみあってないような。
俺の冒険者としてのあり方、の話はどうした?
あれ?
「ちょっと、なにしてるのー!」
声のほうを見ると、彼女だ。
町の外壁の上に立っていた。
ぽーん、と飛び上がって、空中でくるくる回転して俺たちの前に着地した。
すごい。
ていうか、外壁の意味ないな?
「お兄ちゃん!? なんで私、置いてくの!」
「はっはっは」
「お兄ちゃん!」
「グレイ君、帰ろうか」
「え?」
「帰らないよ、これから魔物倒すんだから」
「これをギルドに持っていくといい」
サーフさんは、どこから出したのか、小鳥の首を持っていた。
羽の色が赤と黒の、毒々しいまだら模様だった。
「いま始末した。これを持っていけば、倒した証明になる」
「はあ、どうも」
俺が手を出そうとしたら、彼女がぱっ、と俺の手をつかんだ。
「これ、毒あるでしょ!」
「毒!?」
「はっはっは」
サーフさんが笑っている。
「まあ、それほど深刻なものじゃないから。僕には耐性があるし」
そう言って持たせようとしてくる。
「ちょっと!?」
「やめてよ! もう行こう!」
彼女が俺の腕を抱えて歩き始めた。
「ちょっと待ちたまえ!」
サーフさんがならんで、逆の腕を抱えた。
「この魔物をわたすのはやめよう。謝罪のために、僕がすすめるスペシャルコースに連れて行ってあげようじゃないか」
「お兄ちゃんと行ったら、また毒、つかまされるでしょ!」
「だいじょうぶだ! 今度こそ、しっかり配慮する。だから、グレイ君! リリアに腕をつかまれて幸せそうな顔をするのをやめたまえ!」
「し、してません」
「そうだよ!」
彼女が、ぎゅっ!
ふおお……。
「! ほら、幸せそうな顔をしている! さっきはすまなかった、本当に謝罪する、きちんと、安全に、教える。だから密着して幸せそうな顔をするのをやめたまえ!」
「そんな顔してないよ! ねえ?」
「あ、うん」
ぎゅっ!
ふおお……。
「ほらしている! 頼むからやめたまえ!」
「してないよ!」
「そうですよ! ふおお……」
「声に出している!」
「うるさいよお兄ちゃん!」
「そうですよお兄さん」
「だれがお兄さんだ!」
俺たちは、しばらく俺を中心に腕を引っぱってごちゃごちゃしていた。




