10 イエス・ノー・彼女
ギルドの受付で仕事はもらえなかった、という確認を終えたとき、ふと思い出した。
「すいません」
「はい、まだなにか?」
「あの……」
「はい?」
「あなたは、戦天使、ですか?」
「は?」
受付女性は、意味がわからない、という顔で俺を見ていた。
「あ、いえ、やっぱりいいです」
俺はそそくさと受付を離れて掲示板に向かった。
よけいなことを言ってしまった。
俺は受付女性がこっちを見てないことを祈りながら、求人票を見ていった。
「なんだこれ」
ギルドの、仕事探しの掲示板を見ていたら、端のほうに変な紙が貼ってあった。
あなたの適正教えます。
そう書いてある。
全体は、マス目で区切られた表のようになっていて、それぞれのマスは矢印でつながっている。
あなたは魔物と戦うのが
好き1へ
嫌い2へ
みたいなやつがたくさんあるのだ。
その、1、2、の選び方によって行き着く先が10種類以上あって、そこに冒険者としてどういう傾向がある人間なのかを教えてくれるようになっているようだった。
「魔物と戦うのは、好き、嫌い? 大嫌い、っと。好きな武器は剣? 弓? ……どっちも別に好きじゃないんだけど……。探検は好きか? いいえ。人との勝負は? 興味ないです。負けず嫌い? 別に負けず嫌いじゃない。料理は? おばちゃんの手伝いをするくらいだけど、はい、でいいか……。お茶は好き?」
そして先へ先へ進んでいくと……。
「……なんだこれ」
争いが嫌いで家事が得意なあなたは、いいお嫁さんになるでしょう! 一緒のパーティーに、あなたにぴったりの彼がいるのでは? 思い切ってアタックしちゃおう!
いやいや。
パーティー組んでないし。
なんで嫁?
「どうだった?」
「それが……」
振り返りかけて、ひっ、と息が止まった。
横にいたのは彼女だった。
「これ、私が王都からもらってきたの。おもしろいでしょ」
「まあ」
いろんな意味で。
「私はここだったよ」
彼女が指したのは、勇者、という欄だった。
「強い」
「グレイくんは?」
「……!」
名前呼ばれた!
となりに美少女がいて、グレイくんは? って言われた!
グレイっていう名前を認識していてくれたんだな、という部分だけでもう、余は満足である。
彼女が俺を見ている。
「あ、俺は変な感じの結論だった」
「変?」
「これ」
笑われるかな、と思いつつ俺は、俺の終着点を指した。
「……お嫁さん?」
「そう」
「お嫁さんっていうのは、変だね」
彼女はしみじみと言った。
よかった。
ぷ、ぷふー! お嫁さんだってー! 男なのにー!
みたいなことを言われなくて。
いや彼女がそんなこと言うとも思ってないんだけども。
「私も勇者、ってなったけど、男って決めつけてるみたいなの、ちょっと嫌だったな」
「そっか、なるほど」
言われてみると、勇者の文面にも、男らしく、といった言葉が見られた。
男は勇者で、女は嫁。
「たしかに、女勇者でも、男嫁でも、ありといえばありだよね」
それでも、勇者が勇ましい男で、かわいいお嫁さんが支えてくれると考えると、ちょっと安心するというのも事実だった。
これはどういうことなんだろう。
「私はお嫁さんっていう感じでもないけど」
彼女が笑う。
「そんなことないと思うよ」
「いいのいいの。お兄ちゃんたちにも、リリアは結婚できないって言われてるから」
「そんなことないよ」
「ありがとう」
「いや……、でも……!」
「ふふ。そんなに言ってくれなくても」
「いや。あの、誰だって嫁になって欲しいとは思うんじゃないかと!」
「グレイくんも?」
「えっ」
「私に嫁になってほしい?」
「えっと……?」
「あ、ほらー。やっぱり、私が嫁なんて嫌なんだー」
彼女が笑う。
「そんなことないよ!」
言い返したら、なんか強めになってしまった。
周囲に響くくらいの声で、彼女がおどろいたように目を大きく開いていた。
受付女性も、なんだ? とこっちを見ている。
俺は頭を下げる。
彼女はまだこっちを見ている。
「あっ……、あっと……ほら、俺は嫁だったし!」
いやなに言ってんだ俺は。
「うん」
彼女が言う。
「だから、俺は嫁だし、その」
「私が嫁にならなくても、グレイくんが嫁になるからってこと?」
「そう! あ、いや、ちがう!」
「ちがうの?」
彼女がじっと見ている。
顔をすこしだけ近づけてきた。
自分の顔が赤くなっていくのを感じる。
「いや……、ちがう。ちがわない。ちがう、ちがわない。ちがう、ちがわない」
花占いみたいになってきた。
「うん」
彼女がさらに、ほんのすこし顔を近づける。
「えっと、その……」
「うん」
「あの……」
「うん」
「だから……」
「リリア!」
そのときギルドに入ってきたのは、ごつい男前だった。
俺たちを見て、けげんそうにする。
「どうかしたのかリリア」
「あ、グレイくんと、これ見てて」
彼女は掲示板を指した。
「ふうん?」
ごつい男前は俺をじろりと見る。
「あ、ども」
「ふん。行くぞ」
「うん。じゃあね」
「あ、はい」
彼女とごつい男前は、ギルドを出ていった。
ギルドを出る寸前、彼女はこっちを向いた。
にこっ、と笑うと、小さく手を振った。
俺が手を振り返さなければと思ったときにはもう、彼女はとっくに行ってしまったあとだった。




