第七話 予感
次の日。
「今日の欠席は、雪さんね。どうしたのか、知ってる人いる?」担任の声で、俺が隣をちらっと見ると、確かに隣は空席だ。
昨日、具合悪いとかって言ってたもんな。
これで今日一日は平和に過ごせる。
そんなことを思いながら、再び机に顔をうずめる。
それからさらに、一日、二日と経って、何か思うところのあったらしい茶髪が、何か知っていないかと尋ねてきた。
「知らないし、興味もない」と、吸血鬼で頭いっぱいの俺はつい答えてから、しまったと思い、茶髪の反応をうかがう。
「人として、どうなの。ていうか、アンタのせいじゃないの」茶髪が唇を噛む。
言い過ぎたという自覚はあるが、名前すら知らない顔見知り程度の人間に人としてどうのこうのを言われたくない。
イラついて、座っている俺を見下ろす形の茶髪をにらむ。
「と、とにかく。あんたにも手伝ってもらうから」茶髪は、捨て台詞のように言って、自分の席に帰っていく。
双子の片割れが心配そうに茶髪を見ている。
どうやら俺は、またまたとるべき行動というのを間違えたらしい。
まったく、人というのは難しい。
その日の放課後。
ピンポーン。
学校で担任から受け取ったプリントを片手に、スズキ ノアが一人暮らしをしているというアパートの呼び鈴を鳴らす茶髪の横に、俺は立っていた。
授業が終わった途端、突進の勢いで向かってくる茶髪にとっつかまった俺は、ついて来いと、それはそれはしつこくごねられ、ついていったほうが早く解放されると判断したのだった。
もう一度、茶髪が予備鈴を鳴らすとガチャリ。
錠を外す音がする。
やっと帰れる、そう安堵した俺だったが、開いたドアは隣の部屋のものだった。
そこから、にゅっとスウェット姿の男があくびを嚙み殺しながら顔を出す。
いきなりのことに驚いたのか、茶髪がひし、と俺にしがみつく。
突然の密着に驚いて、思わず茶髪をガン見する。
「驚いた。お前もそんな反応すんだな、かわいいとこあんじゃん」思わず漏れた心の声に茶髪は顔を赤らめ俺から離れる。
何いってんだ、俺。
キモいぞ、俺。
「おい、お前ら」スウェットの男が呼びかける。
「はい」戦闘不能状態の茶髪に代わり、俺が返事をする。
「お前ら、そこに住んでたやつの知り合いか?」
「ノア、ノアを知ってるんですか!?」ようやく立ち直ったらしい茶髪が食いつく。
「そりゃ、隣だからな。だが、挨拶にもまともに来ねーし、にこりともしない不気味なやつだったから、名前もはっきりとは知らないけどな」
「あの、どこに行ったとか、知りませんか?」
「知らねーな。そーだ、お前らこれ持ってってくれよ。郵便ボックスから溢れた分だ。あのままじゃ濡れちまうからな、俺が預かって後で渡そうと思ってたんだが、ちっとも帰ってきやしねえ。おかげで今日までに届いた郵便物がたっぷりだ。」口は悪いが、悪いやつではないらしい。
ほらよ、と言って結構な量の郵便物を渡される。
袋までしっかりくれてから、じゃあなと言って男はドアを閉めた。
「どうするんだ?それ」俺は茶髪の持つ袋を指さした。
「開ければ、なんか分かるかもな」
「いや、でも、人の荷物を勝手に開けるのは……」
「なら、俺は帰る。もう必要ないだろ。ガンバレ、茶髪」
「ちょ、ちょっと。わかった。開ける。開けるから」
とりあえず駅前のカフェに移動した俺らは、包みを開けていく。
茶髪は、一つ開けるごとにごめんなさい、とつぶやいている。
律儀なやつだ。
「これは……」茶髪は一つの封筒を開けると、少しとまった。
「どうした?」
答える代わりに封筒から赤い二つ折のカードを差し出してくる。
Dateと書かれた横には明日の日付が、その下のPlaceと書かれた横には『扉』という文字が並んでいる。
「なにこれ」反対側から身を乗り出してきた茶髪が言う。
「……」
「ねえ、これどういう意味だと……」黙ったままの俺に聞く茶髪は、途中で言葉を飲み込んだ。
その間も俺は、手紙を見続けてていた。