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「おはようございます。エイアンド」
「ああ、おはよう。エレン」
まぶしいほどの笑顔のエイアンド殿下。
その殿下の笑顔をさらに輝かせることばをエレンは発しました。
「エイアンド、お姉さまがプエラも一緒で良いとおっしゃってくれました」
「ああ、それは良かった。オライト嬢にも……ああオライト嬢、平民の娘だが彼女を頼む」
おそらく……というか、確実にエレンだけを見ていて私のことが目に入っていなかったのでしょう。
よろしくと言いかけたところで私に気がついたのは、ギリギリ及第点といったところでしょうか。
それにしても――
エイアンド殿下は知ったのでしょうか?
私には特別な力があります。
その眼で見た者の名前や性別、そして体力や知力、魔力といったものを数値として見ることができるのです。
私のお姉さまが「ステータス」と呼んでいるものです。
そのステータスで見るエレンの性別は男。
自分の能力ながら、見た目とは違う性別のため、初日の夜に確認までしたのですから、間違いはありません。
そして、目の前に立つエイアンド王子の性別は――女です。
先日、平民の女の姿をしているときに偶然に出会い、そのステータスを見たので知ってはいたのですが、こうして王子の姿で改めて見るのは、思えば初めてです。
これまで謁見した距離では、離れすぎていてステータスが見えていなかったので。
このふたりの秘密を、私は知っていますがふたりはお互いに知っているのでしょうか?
エレンは――殿下が女だと知らされたフシがあります。
殿下は……どうでしょう? もっとお話ししなければ分かりません。
もちろん、私は単にふたりの秘密を知っているだけです。
この秘密を使ってどうこうしようという気はありません。
うまく立ち回れば、5大公爵家と王家の手綱を握ることも可能だとは思いますが。
でも、そんな事はしません。
理由のひとつは、あまりにリスクが大きいこと。
継承権のない妾腹とはいえ、5大公爵家の長男のエレン。
そして、第一王子のエイアンド殿下。
ふたりに比べて、5大公爵家とはいえ、3女ともなれば、その立場は圧倒的に弱いのです。
一歩――どころか、半歩でも間違えれば命はないでしょう。
そして、もうひとつの理由。
それは、単に私がエレンを気に入っているからですわ。
私の能力は、相手の敵意も見えるのです。
その敵意を向けてくる相手というのは、程度の差こそあれ、どんな者でも向けてきていました。
それが無い者は、今までで4人。
ひとりは、祖母。
血縁上、正しくは曾祖母で、聡明で優しい人でした。
残念ながら数年前に亡くなってしまったのですが、きっと闇の女神の下で安らかに暮らしていると信じています。
ひとりは、弟。
母は違うのですが、「あねうえ、あねうえ」と慕ってくる様は、とても可愛らしいです。
最近グレてしまったらしい情報を得ているので、非常に心配しているところです。
ひとりは、お姉さま。
敵意の中で怯え暮らしていた私を、優しく見守り、その豊富な知識を授けてれた女性です。雰囲気が似ているので、「祖母のようだ」と言ったら、「前世合わせてもそんな歳じゃない」と怒られたのも、良い思い出ですね。
一緒に暮らせなくなったのは悲しいですが、会おうと思えばいつでも合えますから平気です。
最期に、エレン。
女装して女子寮に侵入している大悪人であるにもかかわらず、彼――いや、彼女には一切の敵意がないのです。
それになにより、そのステータスの高さにも驚きました。近衛騎士や高位冒険者をも凌駕するような、圧倒的な力。
純粋に、興味が出たのです。そんな力を持ちながら、女装して女子寮に入る理由に。
エレンほどの力と5大公爵家の格があれば、ランク8冒険者として名をはせることもできるでしょう。
もしかしなくとも、名誉位のランク9、10も夢物語では無いのです。
男として産まれて、その名誉を夢見ないものが居るのでしょうか?
お茶を飲みながら徐々に聞き出したエレンの事情。
どうやら、エレンは親に……正確には人に言われた事を素直に聞きすぎるようなのです。「アナタの実力は大したものではない」と言われれば、そのまま信じてしまうくらいに。
試しに、以前巫山戯て買った淫魔用の夜着を、魔族御用達と言ったら、あっさりと信じたようでした。
その上で暗殺者が来たときに逃げることを考えていました。
あのときは、寮の防備の堅さを語りましたが、むしろ暗殺者にとって最大の障害はエレンでしょう。
これほど頼りになる護衛はありません。
私は公爵令嬢ではあるし、特異な力も持っています。
しかし、それ以外はごく普通の女の子だと自負しています。
ごく普通に――強い男に惹かれる女なのです。
あのときエレンにも言った、寮の防備を抜けてくるような男になら抱かれても良いというのは、心底本音なのです。
そんな、お気に入りのエレンが婚約した相手です。
殿下の秘密も守ってみせますとも。
――そう。
エレンの婚約者となったのは、王子のエイアンド殿下。
殿方に肌を見せてはいけません。
貴族令嬢たるもの、男子に肌を見られる事あらば、相手を殺すべし。叶わぬならば死すべし。あるいは愛すべし。
そう言われ、育てられてきました。
それが今の世の中では守られていないどころか、知られてもいない。という事を知った後でも、守っているのです。
それなのに、最初の婚約者になれなかった悔しさと嫉妬心を押さえ込んでいた昨日。帰宅したエレンの首筋に……痣がありました。
時々、母様たちがつけていた、男女の営みの証。それを見つけ、思わず指摘すると、エレンはあっさりと
「エイアンドにつけられてしまいました」
と肯定しました。
一足飛びに男女の仲になったのかと考えてしまいましたが、どうもそこまでのコトはなかった様子。
エイアンドと呼び捨てにする事に驚きつつも話を聞くと、プエラという娘の話がでてきました。曰く、殿下が以前から密かに交際していた平民の娘で、妾にすると。
普通ならば、そういう事もあるかもしれないと思うでしょう。他国の者なら、平民という部分に引っかかるでしょうか? だけれど、この国では平民でも王族に嫁いだ例はいくらでもあります。
でも、殿下の性別を知っている私には、女の王子が女と交際していたという点に違和感をもちました。
とはいえ、女という事になっているエレンの首筋に痕を残すようであれば、絶対とも言い切れません。
ならば、そのプエラという娘の正体を見極めなければならない。
そう考えた矢先、件のプエラと買い物に行きたいとエレンが言い出したのです。
せっかくのデートに邪魔が入ることになりますが、殿下の頼みでもあるし、プエラの正体を見極めるチャンスでもあります。――何よりエレンの頼みなのです。聞かないわけにはいかないでしょう。
だから――エレンが寝ている間に、印を上書きするくらいの反撃は、しても罰はあたりませんよね?
次回17日です。




