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女装令嬢の日常  作者: マルコ
女装令嬢の新生活
4/42

1-4

 朝のまどろみの中に居る時間というのは、人生でも指折りの時間である。

 十余年の人生ではあるが、エレンはそう確信している。

 柔らかなシーツに包まれ、枕を抱いて徐々に覚醒してゆく過程は他に代え難い快楽であると。

 しかも、どういうわけか今朝はいつも以上に心地よい。

 身体に触れるシーツの感触が違う。より柔らかい。また、包み込む感覚が布団のそれとはちがう。頬に当たる枕の感触もだ。何より、香りが違う。いつも部屋に焚きこめる香とは異なるモノだ。


 ──メイドのリリアが変えたのだろうか?


 そんな疑問がエレンの頭に過ぎる。

 だが、あのクソ真面目能面メイドが自分に黙って部屋の香を変えるだろうか?

 考えても、答えは否だった。

 実母が何かした……のは、さらにありえない。

 あの母は、何でもできるのに家事に類する事だけは、壊滅的にできない。

 パーティ料理は作れるのに、普通の夕食が作れない。

 服をイチから縫製できるのに、ちょっとした修繕はできない。

 掃除もできない。洗濯も無理。

 そんな実母が部屋の香を変える?

 そんな可能性は皆無。と、エレンは結論付ける。


 考えてはみるものの、答えは出ずにいる。

 ……既に微睡みというには意識がハッキリとしてきたので、観念して目を開ける決心をするエレン。

 顔を埋めた(・・・・・)マクラ(・・・)から面を上げ、目を開くと、そこに宝石が在った。


 否。

 淡藤色のソレは、宝石の様な輝きを持つが、れっきとしたヒトの瞳だ。


 そう、ルシアナ・オライトの顔がそこにあった。


「……ルシアナさま?」


 状況が把握できずに呟いたエレンだが、直後鼻を摘まれた。


「お・ね・え・さ・ま」


 笑顔のまま鼻をぐりぐりするルシアナ。


ほへんははい(ゴメンなさい) ほへへはは(お姉様)

「はい、よくできました」


 痛みで鼻を押さえるエレンを放って、ベットから起き上がるルシアナ。

 それを目で追いつつも、エレンは朝の挨拶がまだだった事を思い出す。


「あ、あの、お姉様、おはようございます」

「ええ、おはよう」


 挨拶を返しつつ、ルシアナが向かったのは、ミニキッチンだった。


「あの、朝食の準備なら、私が……」


 朝キッチンに立つ理由はそれくらいだろうとエレンは起き上がる。


「いいのよ。まだどこに何があるか分からないでしょう?」


 確かに、ルシアナの言う通りだ。


「では、一緒にやりましょう」


 ただ待つだけというのも居心地が悪いエレンはそう提案し、ふたり仲良く料理をした後、共に食卓につく。


「今日の糧に感謝します」「大いなる6神の加護に感謝します」


 ふたりで食前の聖句を唱えて食事をはじめる。無論、目上の者が唱える上の句はルシアナの役目だ。

 敬虔な6神教の信者であればここからさらに5分ほどの祈りを捧げるのだが、ふたりはそこまで熱心ではないのでそのまま食べはじめる。


 ちなみに、ふたりとも寝衣のままだ。


 食堂に行けば朝食は用意してもらえるのだが、時間が厳密に決まっている。遅くまで寝ていたい者や、逆に早起きな者も時間まで食べられないという不便さから、半数ほどの寮生がこうして自分で朝食を作る。自分たちで作るのだから時間も自由だし、こうして寝衣のまま過ごしていても、見られるのはルームメイトのみ。そのルームメイトはそもそも同じ部屋で寝起きしているのだから、見られても今さらだ。


 そんな緩い空気の中で、朝食を食べるふたり。


「それで、今日は街を歩いてみるのでしたね?」


 昨日のお茶会でそんな話をしていたのを覚えていたのだろう。ルシアナがそう話を切り出した。


 寮の引越しが終わればすぐに登校というわけではない。今日と明日の2日間はまだ休みとなる。明日の光曜日は休みの店が多いので、風曜日の今日のうちにひと通り街を散策する計画なのだ。そのような事をエレンが改めて話をしていると……


「なら、今日は色々と案内するわ。いっしょに見てまわりましょう」


 とルシアナが言い出した。


「そんな、ご迷惑では!?」


 思いもかけない提案に、エレンは恐縮するが、


「あら、案内もなしでは、迷子になるわよ?」


 と言われれば否定はできない。確かに、何の案内もなしでは、ろくに見て回るどころか、寮に帰れるのかすら怪しくなってくる。


 とはいえ、エレンは考える。自分は正妻に命を狙われている身なのだ。学園や寮の中ならともかく、街の中は安全だろうか? と。

 少々希望的観測にはなるが、街中で襲われる危険は極小だと言えるだろう。とエレンは結論付けた。

 学園だけでなく、この街そのものが王直轄領なのだ。騒ぎを起こした元凶が判明すれば、タダではすまない。

 万が一襲われたとしても、ワイバーンくらいまでは撃退できるし、ドラゴンだとしても、ルシアナを連れて逃げるくらいはできると。


「それでは、ご厚意に甘えさせてもらいます。お姉様」

「ええ、良くってよ」


 そんな風に、本日の予定を決めたふたりは、その後食事を終え、片付けを終えた後に着替えて出かける準備をはじめる。


 あまり大仰な仕切りは逆に不自然ということで用意した、簡単な衝立の陰でエレンは着替える。

 手早く着替えを出し、下着をはいてキャミソールを……


「ああ、やっぱり」


 そんな声が背後から聞こえ、恐る恐るエレンがそちらをみると……

 衝立から顔を出すルシアナの姿があった。


普通、ワイバーンは簡単に撃退できないし、ドラゴンから生還するのは至難の業です。

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