ある公爵と夫人の会話
「はーっ」
ため息を吐き、頭を抱えながら書類を睨んでいるのは、この南方辺境領の主で、5大公爵家の当主であり……私の夫であるシェールス・クアマリンです。
「あら、悪の公爵サマがため息なんて、勇者様でも現れたのかしら?」
そんな風に揶揄すると、「茶化すな」とかなり本気のお叱りを受けてしまいました。――どうやら、領絡みの問題のようですね。
悪役公爵、悪の公爵、辺境の魔王、ローラシアの魔王……その容姿もあいまって、様々な異名で呼ばれる我が夫も、自領の民は大切にし、慕われています。
対して他国、他領の民に対してはかなりあくどい事、犯罪スレスレの事をやっていたりします。
というか、どう考えても犯罪だろうと言うことにも手を染めているようなのですが、「法に反するような事はしていない」らしいのです。
一度、本当にそうなのかと真剣にこの国の法律を精読してみたのですが、本当に法には違反していませんでした。こういうのを脱法というのだと自慢げに話していたこの夫は、本当に魔王なのではないかと思います。
……いや、魔王などと言ったら、南の国の本物の魔王に失礼でしょう。かの魔王はその実力、統治能力、人柄、どれをとっても完璧だと伝え聞きます。かなり話が盛られていたとしても、賢君であることは間違いないでしょう。
いや、我が夫も、コレで領政には何の問題も起こしていない……どころか、他領よりも豊かに治めているからか、領民からは賢君とか呼ばれているのです。その点では同じと言えるかも知れない。不本意ではあるけれど。
「おまえ、俺の事嫌いか?」
おや、声に出ていましたか?
「ため息を吐き……から出ていたわ! ああ、まったく、なんで俺の嫁はこんなのばっかり……」
などと文句を言うが、自業自得と言うしかない。
むしろ、ベットの上ではコレをネタに盛大に責めて……
「だから、口に出すなと言うのだ!」
相変わらず、顔と行動に似合わず繊細ですね。
息子がコレに似ずに私に似ていて本当に良かったわ。
「それ以上言うと、泣くぞ? 大の大人が。5大公爵が」
それはそれで面白そうですが、「気持ち悪い」が勝りますね。仕方がないので黙りましょう。
「そうしてくれ。まったく……」
そう言って、また手元の書類に目を戻して頭を抱える夫。
「それで、結局何を悩んでいるのです?」
これでも公爵夫人で帝国の第六王女なのだ。帝国でもこの国でもそれなりの人脈もあるし、私自身それなり以上の能力はあると自負している。多少の問題なら解決してみせようという妻の親切心です。
「ソレを口にださなければ、素直に受け取れるのだがな」
そんな憎まれ口をたたきながらも、手元の書類を私に手渡し、見せてくる。
その内容を要約すると、領内の魔物の数が増えているのでなんとかしてくれ。
というモノだった。
あー、なるほど。
エレンちゃんが学園に入学した影響でしょうね。
正確には、準備もあるので半年ほど前から狩りは控えていたようなので、その影響が最近でてきたのかもしれないですね。
「とりあえず、エレンを呼び戻そうと思うのだが」
「何を言ってるんですか。ダメに決まっているでしょう」
この国では、貴族が学園に通うのは権利ではなく、義務なのです。
今では教養だとか交流だとかいう目的の方が大きいようなのだけれども、子供を人質にとるという裏の理由は未だに失われてはいない様子。
一度学園に行かせた子供を呼び戻すなど、反逆罪に問われても不思議はないのです。
それを、魔物の間引きの為に呼び戻すなど、イノシシを退治するためにドラゴンを呼び寄せるようなものです。
それになにより、やっとあの娘をあの母親から引き離すことができたのです。
それをみすみす元に戻すなど、できるはずもありません。
いろいろと無いこと無いこと吹き込まれているあの娘に真っ当な常識を教えられる絶好の機会なのですから。
だいたい、なんで私がアノ女を虐めている。などという事になっているのですか!? 無理でしょう!? ドラゴンすら素手で殴り殺してステーキにする女ですよ!? 私、あの娘にドンだけ強いと思われているの!?
「ちょっと落ち着け」
……はっ!?
いけない。つい、取り乱してしまいました。
それにしても、これについては貴方も悪いのですよ?
何であの女のデタラメを修正してくれないのですか? おかげで私、あの娘の中では、母親を虐める極悪非道な正妻扱いなのよ?
「その方が面白そうだからな」
しれっと言う夫。
ああ、もう、なんでコンナノに惚れたかなぁ!?
学園に留学しにきて一目惚れしたのがそもそもの間違いだったのよぉぉぉ!
「だから、落ち着け」
……はっ!?
「ま、まぁともかく、魔物が増えたなら、冒険者ギルドの依頼補助金を増やせば良いのではなくて?」
冒険者への依頼はギルドを通して行われる。
けど、冒険者を必要とする人々が出せる報酬では、依頼を受ける者などいない。
そこで、領や国から補助金を出しているのは、どこの国でも領でも同じ事。
冒険者を呼び寄せるために補助金を一時的に増やす措置も、珍しくもなんともない。
「ランク5以上のパーティが必要な案件が多くてね」
……なるほど。
ランク5以上のパーティが当たるとなると、対象の魔物はランク6や7ですね。
エレンちゃんが、私からの刺客だと思って狩って食べていたような相手だけれども、本来は軍隊が出動するような相手なのよね……
そんな軍隊に匹敵するような、冒険者パーティを複数呼び寄せる……
普通に反逆を疑われますね。
「それならば、エレンを呼び戻しても変わらないかなー、と」
「却下です」
バカなことを言う夫の意見は退けて、デキる妻の私は代案を示す。
「そもそも、殲滅武姫を囲っているのをお忘れですか? あの女に肉や素材の調達をさせれば、直ぐに解決するでしょう?」
あの非常識天災女なら、エレンちゃんの抜けた穴など、補って余りあるでしょう。
お付の元暗殺者のメイド……リリアとか言ったかしら? 彼女だって居るのだから。
「あー、その事なんだがな……彼女たちは今出払っていてね……」
あら、そうでしたの。
正妻として恥ずかしい事ですが、妾の動向を把握していませんでしたわ。
「だったら、私がパレンス様にお話を通しておきますわ」
現国王の寵愛厚きパレンス様とは、それなりに交流がありますので、冒険者を集めても反逆の意思は無いと伝えておきましょう。
ところで……
「あの女はどこをほっつき歩いているのですか?」
まぁ、あの女でも一応、名目上は「子育て」が一段落したことで、羽を伸ばしているのでしょう。
――それでなくても、好き勝手していたようですが。
「それが……な、……に行ったんだ」
「あの、旦那様? よく聞こえないのですが?」
珍しく言いよどむ夫の声を聴くために、私は目の前まで歩み寄る。
「だから……ローラポリスに行ったんだ」
ろーらぽりす。
言うまでもなく、学園都市だ。
エレンちゃんが2年通う、常識を学ぶべき都市だ。
そこに、アノ非常識がヒトのカタチをとったナニカが、行った。
――ゴンッ!
私の頭突きの音と……
「なんで止めなかったのよぉぉぉぉぉぉ!」
魂の叫びが屋敷中に響き渡った。
正妻さんはエレンにあんな風に思われてても、気にかけてくれるくらいイイヒトです。
次回3日です。




