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「では、エイアンド。服を脱いでください」
「へぇぁ!?」
突然のエレンの言葉に、エイアンドは反応しきれずに変な声がでる。
「本格的に女になってもらいます。私も脱ぎますから、後ろを向いて脱いでくださいね」
そう言って、エレンは後ろ向きになり、着ている服を脱ぎだした。
慌てて後ろを向いて見ないようにするエイアンド。
女同士なのに、妙になまめかしく感じるのは、エイアンドの気のせいではないだろう。
後ろから聞こえる衣擦れの音が、エイアンドの鼓動を高鳴らせる。
ここは、覚悟を決めて脱ぐしかない。
そう決心すると、エイアンドは手早く服を脱いでゆく。女性を……エレンを待たせるわけにはいかないという思考で。
だが、脱いでゆく動きがある時点で止まる。
「あの……エレン? その、し、下着は……下着も……脱ぐのか?」
これから女になるのだから、当然なのではあるが、エイアンドは問わずにはいられなかった。
「そうですね……ええ、その方が良いでしょうね」
「そ、そうか」
当然の答えではあるが、それを聞いてエイアンドは覚悟を決める。
そうして、下着を脱いだ時点でエレンが声を上げた。
「こちらは準備ができましたので、振り向いても良いですよ」
その言葉にエイアンドが振り向くと、エレンはベットを盾にするような形で後ろ向きに座っていた。どうやら、シーツを体に巻いてはいるようだが、ベットの上に置かれた衣服が、今の彼女が身につけているのは、そのシーツだけだという事を物語っている。
ごくりと喉を鳴らし、ベットに一歩一歩近付くエイアンド。
そして、ベットの傍らに立ったとき、エレンが再び声を発した。
「エイアンドの着替えは、私の服の隣にでも置いてください」
「あ、ああ……」
なるほど、脱ぎ散らかしたままというのは、あまり良いマナーとは言えないだろう。
エイアンドは、手早く脱いだ服を集め、簡単に畳んでエレンの服の隣に置く。
「お、置いたぞ」
わざわざ告げるほどのこともないだろうが、エイアンドはそう告げた。
「では、エイアンドは私の服をとって、後ろを向いたら教えてくださいね」
「へ?」
思いもかけぬエレンの言葉に、変な声が出るエイアンド。
「すみません、後ろ姿は見えてしまうでしょうけど……服を交換する方法がコレしか思いつかなくて……その、なるべく見ないようにしますから……」
その言葉で、エイアンドは己が盛大に勘違いしていたことを理解した。
なるほど、女になるとは、女装の事だったのかと。
変な事を口走らなくて良かったと、エイアンドは心底安堵した。
同時に、自分はなんて汚れているのだと自己嫌悪に陥る。
いや、これは普段から卑猥な話を振ってくる男どものせいだ。その思考に引っ張られただけだ。
心中でそう繰り返し、エイアンドはエレンの服を持って後ろを向き、合図を送る。
その合図でエレンもエイアンドの服を手に取ったのだろう。
再び聞こえる衣擦れの音を聞きながら、エイアンドは手に持った衣服を身につけ……ようとして、手が止まる。
エレンが身につけていた服だ。そして、下着だ。
これを、今から身につけるのかと思うと、心臓の鼓動が増す。
それに、エレンもエイアンドが先ほどまで身につけていた服を着ているのだ。
その事実にも、エイアンドの思考は沸騰してゆく。
「エイアンド? 着方がわからないのですか?」
「ああ、少し、ぼーっとしていただけだ。すぐに着る」
動きがないことを音で察したか、それとも振り向いてまだ裸でいることを見られたか。
とにかく、これ以上エレンを待たせるわけにもいかないと、先ずは下着を身につけていく。
直接エレンの肌を包み込んでいた下着を……いや、ダメだ。考えるな。これ以上考えては、どうにかなってしまう。と、エイアンドは無心でエレンの服を身につけてゆき、なんとか着替え終わった。
「で、できたぞ」
「では、同時に振り向きましょう」
エイアンドが振り向くと、そこには先ほどまで自分が身につけていた服を身にまとったエレンが立っていた。
エイアンドがその格好をすると、いかにも王子然とした姿になるのだが、エレンの場合は女性らしさがにじみ出ている。髪の長さのせいだろうか? それならば、先ほどの自分もそうだったのだろうかとエイアンドは空想する。先ほどの鏡では全身は見られなかったのだ。
エイアンドがそんな事を思い立ち尽くしていると、エレンはくすりと笑い、近寄った。
そして、その両腕をエイアンドの首に回す。
刹那、エイアンドの鼓動が激しく鳴る。
いくら女性にしかみえなくとも、今のエレンの格好は男装なのだ。
そんなエレンに抱きつかれたら、自分はどうなってしまうのか?
ぎゅっと目をつぶるエイアンド。
すると、次の瞬間、背中を撫で上げられるなんとも言えない感覚がエイアンドを襲った。
「ひゃぁぁぁんっ!」
思わず嬌声を上げ、目を開いたエイアンドの瞳に、驚いた顔のエレンが写った。
「ごめんなさい。驚いたかしら? でも、コレ……」
そう言うエレンがかざした手にはさらさらと流れる金糸があった。
その根元を辿ると……
「私の……髪?」
それはエイアンドの髪であった。
だが……
「そんな、コレは幻覚の筈……」
そう、魔法による幻覚なのだ。そう見えるだけだ。こうして手にとったり、背中に感触があったりする筈がないのだ。
「ふふ、幻覚にはちょっと自信があるのです。一時期、ちょっと熱心に勉強しまして……」
学園に入学したばかりのエレンが、これほどの幻覚を使うとは、一体いつ頃から魔法を使っているのかと、気になったエイアンドだが、次のエレンの言葉でそんな疑問は霧散した。
「とはいえ、髪を長く見せて、触れた感触がある程度ですの。ほら、引っ張っても痛くないでしょう?」
そう言いながら、金の髪を引くエレン。確かに、感覚はない。
「それに、ホラ」
張った髪の束に手刀を振り下ろすと、多少引っ張られたようだが、髪は切れずにエレンの手を通した。
「と、このようにただそうなってる風に見せかけるだけなんです」
壁にしたり、武器にしたりする事はできない。あるものを無いように見せることもできない。
確かに、そんな目標からすれば、一定程度の触覚がある。など、なんてことない芸当だろう。
(エレンは、努力家で天才なのだな)
そんな風にエイアンドは納得してしまった。
いかに一国の王子……いや、王女といえども所詮は学園の一年生。
魔法の知識に関しては、一般的な学生よりも多いが、専門的なことは流石に疎い。
なので、「触覚のある幻覚」が学会で不可能課題扱いされている事を知るのは、もう少し後のことになる。
次回28日です




