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「……」
「……」
ふたり並んで歩いてはいるが、学園の正門からずっと無言のままだ。
ピンク頭……ソニアの言葉にエイアンドが激怒したのであろう事は察したエレンだが、何がそこまで怒らせたのかは分からぬまま、エイアンドに付いて歩く形になっている。
何も言わぬままふたりが行き着いたのは、神殿だった。
といっても、街の大通りにあるような大きな場所ではない。
街の片隅にあるような小さな建物だ。神官も居ないようだが、掃除は行き届いているようで、荒れている様子は無い。
祭壇にはエレンの身長よりも少し小さいくらいの光の神と闇の女神の神像が祀られており、それに付き従う火風水土の4神の像も安置されている。典型的な6神教の神殿だ。
エイアンドはその神像の前で祈りを捧げる。エレンもそれに倣う。
どの神に祈りを捧げるのか迷ったが、やはり今日の守護神の闇の女神であろう。死の女神でもある事で、宗派によっては悪神とされる事もある女神だが、夜の眠りや死後の安寧……そして心の平穏といった「静」の女神なのだ。
エレンは、エイアンドの心の平穏を闇の女神に祈る。
エイアンドはどうであろうか?
エレンがそんな事を考えていると、エイアンドが口を開いた。
「……何も聞かないのだな」
怒りの理由の事であろう。
「聞いて良い事なのでしょうか?」
小娘の言葉程度で王族であるエイアンドがあれほど怒りを露わにするのだ。よほどの事情があるのだと察せられた。
「そうだな……あまり、他人に聞かせるような話ではない……な」
そう漏らしたエイアンドに、エレンは告げる。
「なら、私は聞けますね」
──と。
「え?」
虚を衝かれたエイアンドがエレンを見ると、その瞳と目が合った。
どこまでも黒い、深い眼差し。
この瞳が、人に冷たい印象を与えるのだ。だが、今のエイアンドは別の印象を受けた。
夜の闇の中に包み込まれるような、安らぎを。
「私は婚約者ですもの。他人ではありません」
ああ、この女性は本当に、闇の女神の化身ではないか。
半ば本気でエイアンドはそう思った。なにもかも話してしまいたい衝動に駆られる。
「とはいえ、ここでは誰かに聞かれてしまうかもしれませんね」
エレンのその言葉でふたりは移動することにした。
◇
──どうしてこうなった?
ベットの上でエイアンドは自問する。
──いや、違う。ベットに座ってだ。
そうでなければ、何か別の光景を思い浮かべてしまう。
緊張して座っているエイアンドをよそに、エレンは部屋に防音の魔法を展開してゆく。
防音の魔法があるなら、あの神殿でも良かったのではないかとエイアンドは思ったが、誰かに見られる危険はあるのだ。その時、人に聞かせられぬどんな話をしていたのか、うまく説明できる自信は無い。
その結果が今だ。
存在は知っていても、一生来る事は無いだろうと思っていた場所……連れ込み宿。
たしかに、防音魔法を展開しても、あれこれ詮索される事はないかもしれない。
だが、今度はどんなコトをシていたのか。と要らぬ妄想を周囲にされる気恥ずかしさがある。直に聞かれないであろう事は、確かに助かるが。
そこまで考えて、エイアンドの顔から血の気が引く。今まで、どちらかといえば頭に血が上っていたのが、一気にだ。
「え、エレン。その、キミはこんな所に来て良かったのか!?」
「え?」
行き先を聞いてから、エイアンドは恥ずかしさでエレンの事を気遣うのを忘れていた。そのことが今は恥ずかしい。
「その、キミの純潔が疑われる事になるのだぞ?」
王子と連れ込み宿に入ったのだ。しかも、防音魔法まで展開。中でナニをヤったかなど、お察しだ。
少なくとも、世間はそうとる。
公爵令嬢のエレンの純潔は疑う余地も無いが、こんな場所に来ては疑われてしまう。
将来結婚するときに、良い縁談が遠のいてしまう。ただでさえ、エイアンドとの婚約で難しくなっているであろうに。
「ああ、申し訳ございません。そこまで考えておりませんでした」
そう言って頭を下げるエレン。
なるほど、女同士という事で、純潔が疑われるなど、考えもしなかったのだろう。
少し自分の思考が汚れているのだろうかとエイアンドは軽くショックを受けたが、今は関係ない。
早めに部屋を出れば……何なら、エレンに平手打ちでもしてもらえば、「王子が令嬢を無理矢理連れ込んだが拒否された」といった筋書きで通るだろう。
多少……もしかしたらかなりエイアンドの評価が下がるだろうが……ソレはソレで都合が良い。
そんな事を考えていたエイアンドの耳に、さらなるエレンの言葉が届く。
「エイアンド殿下の純潔が疑われる事まで考えていませんでした」
目の前の女性は、今、なんと言ったのか?
エイアンドの純潔? 自分はどうでも良いのだろうか?
「ああ、いや、男の場合は、純潔である事は……その、逆に恥なのだ。この歳まで女を知らぬと言えば、バカにされるくらいは……なので、私も十の時にメイドを手篭めにした事にしている」
ちなみに、メイドに手をつけた。などというのは、童貞貴族の典型的な嘘である。──稀に本当だったりするが。
「そそ、そうなのですか……」
妙に挙動不審になるエレンを訝しげに思うエイアンドだが、直ぐになるほどと思い告げる。
「もちろん、本当にシたわけではないよ。私は……スるわけにはいかないからね」
おかしい。話している内容は猥談に類するモノであるはずなのに、妙に暗くなる。猥談とは、もっと明るいモノではなかったか? 少なくとも、男同士ならそうだ。そんな思考が脳裏を過ぎるエイアンドだが、肝心な事を言っていない事を思いだす。
「私の事なんかより、エレンだ。コレでは、キミの純潔が疑われてしまう」
その言葉にエレンは静かに答える。
「私は、元々修道院に入るつもりでしたから」
「え?」
エイアンドは一瞬、エレンの言う事が理解できなかった。
この女神のような女性が、何故修道院になど行かねばならないのか。
自分と婚約したからかと思ったエイアンドだが、直ぐに「元々」という言葉を思い出す。
「なぜ、そのような事を?」
気がつけばそんな事を聞いていた。
「私は、子供が産めません」
そんな事を言う。
なので、誰とも結婚するわけにはいかないのだと。
──なんだソレは
エイアンドの心中に、怒りとも悲しみともつかぬ感情が渦巻く。
「ですから、エイアンド殿下がお気になさる事は無いのです」
これほどまでに、理想の女性像を体現した女性が、子供を産めないという理由で、結婚も諦めて修道院へ入るなど。
「もし、エイアンド殿下が男の人と暮らすことを望まれるのなら、私の浮気相手という事に……」
「う、浮気はダメだ!」
エイアンドは衝動的に、エレンをベットに押し倒していた。
「で、殿下?」
ベットに広がっているエレンの美しい髪。
エイアンドを映しているその黒い瞳。
白い肌もだ。
その全てはエイアンドの理想なのだ。こうありたい。こうなりたかったという理想像なのだ。
それが、子を産めぬというだけで、何故修道院に入るだとか、王子の婚約者でありながら浮気をするなどという醜聞を甘んじて受けなければならないのか。受けようとするのか!
エイアンドは、その感情の正体が分からぬまま、エレンの首筋へと吸い付いた。
エレンが男で、エイアンドが女です。念のため……
次回21日です。




