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ブクマありがとうございます。
──早速コレか。
エレンは背中に冷たい汗がつたうのを感じた。
流石に王子に抱きつこうとする者がいるとまでは思いもしていなかった。が、その考慮の外の行為を平然とやってきた者が、今投げ飛ばしたこのピンク頭の娘だった。
直に触れた今のエレンには分かる。抱きついたりすれば、あの柔らかさに違和感を覚えるくらいはする。本物の女の子は、やはり自分とは違うのだ。
「え、エレン!? 急にどうしたんだい!?」
「ああ、エイアンド殿下。コノ小娘が、 私のエイアンド殿下に、あろうことか抱きつこうとしたので、阻止したのですわ」
「そ、そうか」
流石に、王子に突然抱きつく者など、婚約者云々を抜きにしても、投げ飛ばすくらいはする。むしろ、殺さないだけ慈悲深いだろう。
「な、ナニ言ってる、のよ、アンタっ!」
倒れていたソニアが起き上がりつつ怒りの声をあげる。
「この、痛み、腕、折れたわ!」
掴まれた腕を突き出して言うソニア。
だが、それと同時に気がついたのだろう。腕が問題なく動く事に。
腕を動かし、手を握り開いてその可動を確かめている。
「ああ、まぁ、少し捻りはしましたが、もう何ともないでしょう?」
その様子を見たエレンの言葉を受け取ったふたりの心境は全く違う。
エイアンドは、「少し捻った」を言葉通り受け取った。
だが、やられた当の本人のソニアは違う。そう、まるで捻り切られたような痛みを感じたのだ。今、こうして動くのが信じられない。「少し」などというレベルではない。
そんな対照的なふたりを無視して、さらにエレンは続ける。
「ソニアさん。だったかしら? 貴女の昨日の魔法。地上で発動していれば、周囲の人がそのくらいの痛みを受けていたのですよ。その点も気をつける事ね」
「……昨日の騒ぎはキミだったのか……」
エイアンドも、昨日の爆発騒ぎは知っていたが、誰のせいかまでは把握していなかった。
生徒の魔法が暴発する程度の事はよくあるのだ。そして、それに巻き込まれるような事も。その痛みが少し腕を捻る程度と表すのは、いささか不適当──軽すぎるとは思いつつも、口には出さなかった。
「わ、私のせいじゃないわ! この女が邪魔してあんなコトになっただけなのぉ〜」
そう言ってエイアンドにしなだれかかろうとするソニア。だが、それもエレンが阻止して言い放つ。
「先ほども言いましたが、私のエイアンド殿下に、無闇に近寄らないでくださいますか?」
その発言に、先ほどは聞き流したソニアが噛み付いた。
「ちょっと!? 貴女の。って、どういうことよ!?」
ソニアのその様子は、ふたりの婚約の噂を聞き及んでいないと理解させるのに十分だった。
「もちろん、私がエイアンド殿下の婚約者だという事でしてよ!」
エレンのそのセリフに、なかなかの「悪役」ぷりだと感心するエイアンド。
少々……いや、かなり芝居掛かってはいるが、その分相手に与える圧は強いのだろう。その証拠に、ソニアも怯んだ様子だった。
「こ、婚約……者?」
なんとか声を絞り出した風のソニアが、エイアンドへと視線を向ける。無論、本当かという眼差しだ。
「ま、まぁ、詳細は省くがそういう事になった」
その言葉に、どうやら本当らしいと悟るソニア。王子ふたりには婚約者はいないと聞いていたのだが、ここ数日で決まったのか、はたまた以前から決まっていたのを隠していたのか……いずれにせよ、ソニアには関係ない。この国では関係ない。
昨今では廃れてきているとはいえ、妾の数は男の甲斐性。そして、正妻の統率力の証。というのがこの国伝統の考え方だ。
妾だろうと、王の妻であることに変わりはない。
いや、今からでも正妻に成り上がる自信がソニアにはある。どんな男でも堕としきる自信があるのだ。
「だったら、私も婚約者になるわ! ならせて!」
その言葉と共に、エイアンドに頭を下げるソニア。──その実、エイアンドの視線の先に胸が来るように仕向ける巧妙さだ。現に、エイアンドの視線を胸に感じながらソニアはエイアンドの肯定の言葉を待った。
「あら、私は妾など認めなくてよ」
だが、言葉を発したのはエレンだった。
ソニアが睨みつけてもエレンは涼しい顔で言い放つ。
「エイアンド殿下は、私だけの殿下ですもの。誰にも邪魔はさせないわ」
その言葉に、エイアンドも顔を赤らめてはいるが、訂正する事はなかった。
「だ、だけど、王子サマはこの先、王サマになるのよね? だったら、子供を産む妾は多いほど良いと思うの!」
ソニアの言葉は間違ってはいない。
多少継承権争いの火種を抱える事になっても、婚姻外交の手札となる王家の子供は多いほど望ましい。現在王子ふたりしか居ない今のローラシア王家が例外なのだ。
ソニアはそこまで考えての発言ではないが、妾に滑り込む十分な理由になると思っての発言だった。そうして、笑顔でトドメを刺そうと顔を上げたソニアは……
「──っ!?」
恐ろしく冷たいエイアンドの視線と目が合った。
「……私はそのような事で妻を選ぶことは無い」
大地の底から絞り出すような、そんな暗く冷たいエイアンドの言葉は、ソニアを立ちすくませた。
「エイアンド殿下?」
エイアンドに背を向ける格好になっていたエレンにも、その異質さは伝わったのだろう。振り向いてエイアンドに声をかけたが──その時にはその殺気は消えていた。
……そう。殺気だ。
ソニアはエイアンドから殺気を向けられたのだ。
いつのまにかへたり込んでいたソニアが我に返った時には、既にふたりの姿はどこにも無かった。
いったい、何があれほど王子を怒らせたのか、ソニアには分からなかった。
しかし、王子に取り入る為には、それではいけない。弟王子もいるが、王になるには、兄の方に分があるのだ。取り入るのを諦めるには惜しすぎる。
そこまで考えたソニアの脳裏に閃くモノがあった。
──妾は多いほど良いと思うの
もしや、エイアンドは妾腹の弟を、世間の噂以上に疎んじているのではなかろうか? それこそ、妾を多く持てという進言にすら、怒りを覚えるほどに。
だからこそ、妾に反対するあの女のワガママも許しているのだ。
それならば、あの女を今の地位から蹴落とすしかない。
そう、ソニアは決意を新たにした。
自分の好感度がマイナスに振り切れた可能性など、考えもせずに。
次回は19日です。




