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ブクマ感謝です。
心地よいまどろみの中で、意識が覚醒してゆく。
エレンは柔らかなマクラに顔を埋めて息を吸い込む。
ここ数日嗅ぎ慣れた芳醇な香りに包まれて、このまま眠りに落ちる欲求に身を任せようとする。
だが、そんなエレンの頭を撫でてたしなめる声が耳に届けられる。
「ダメよエレン。そろそろ起きないと」
優しげなハープの奏でる音色のような声。だが、そんな声もエレンを起こすには至らない。それどころか、心地よい感触に一層マクラを抱き寄せ、顔を深く埋める。
「もう、今日は殿下とデートなんでしょ?」
そんな言葉と共に、頭をポンポンと叩かれると、エレンも目を開け顔を上げる。
そこには淡藤色の瞳と髪の女性……ルシアナの顔があった。
「……おねぇさまぉはようございましゅ」
未だ頭が寝ているエレンが、そんなたどたどしい言葉で朝の挨拶をする。
「はい、おはよう。ほら、顔を洗っていらっしゃい」
そう言って、ルシアナはエレンの腕を解いて起き上がる。
それを眺めながら、エレンは言われるがままに顔を洗いにゆく。
……なにやら、とても重大な事があったような気がするが、エレンの寝惚けた頭では理解ができない。
洗面所で2度3度と顔を洗って目を覚ますと、その内容が思い出せた。
「そうだ、今日はエイアンド殿下と会うんだった!」
覚醒したエレンが洗面所を出て時計を確認すると、約束の時間まではまだ余裕がある時間だ。
寝過ごすような失態を犯さずに済んだ事に安堵する。
「あ、お姉さま、私も手伝います」
そして、キッチンに立つルシアナと一緒に朝食を作る。ここ数日変わらぬ平和な朝だ。
「ところで、今日はどのような装いで殿下に会うのかしら?」
朝食の後、どこか楽しげに尋ねるルシアナ。だが、エレンは特に考えていなかったので、素直にそれを伝えると、ルシアナは呆れた様子で言葉を発した。
「呆れた。初デートでオシャレしないでどうするのよ? そういえばアナタ、私とのお出かけの時も適当に服を選んでませんでした?」
ジト目で睨んでくるルシアナは、そのツリ目もあり、エレンに負けず劣らずなかなかの悪役顔だ。
「え、や、で、でも、あまり豪華な服を着るワケにも……」
国王直轄領で、貴族の子が集まる学園都市のローラポリスといえども、街の中はそれなりに犯罪はある。あまり高級品を身につけるわけにはいかないのだ。しかし──
「オシャレは値段じゃありません!」
と雷を落とす。その後何かを思いついたのか、さらに目つきを鋭くして問いかける。
「アナタ、お化粧はどうしていて?」
「……したことないです」
問われたエレンは素直に答える。
社交に出たこともなく、出かけるといえば、母との庭か裏山でのお茶会か、野山での魔物狩り。そんな状況では化粧などしたこともない。と、ルシアナに伝える。さらに、ルシアナには言えないが、男の身では化粧をするなど考えた事も……いや、自分が女の子だと思い込んでいた幼い頃は別だったか。と回想するエレン。
「呆れた。どうせ道具も持ってないんでしょう?」
ルシアナの問いかけに、素直に是と答えるエレン。
「まったく、そんな事だろうと思った。今日は私のを貸してあげる」
「そんな、そこまでしていただくワケには……」
遠慮するエレンだが、ルシアナも譲らない。
「遠慮なんて要らないの。アナタは私の妹なのだから。でも、そうね。気になるようなら、次の休みは、私とデートなさい」
「あの、お姉さま、女同士ではデートと言わないのでは?」
「そうね、忘れていたわ。とにかく、私とお出かけすること!」
「は、ハイ」
ルシアナの勢いに圧されるエレン。
「ああ、でも、その前に服と下着のコーディネイトよね」
「あ、あの、お姉さま? 服はともかく、今日は下着まで気にする必要は……」
「甘い!」
控えめに意見するエレンをルシアナは一喝した。
「男女がデートするのですから、いつそうなってもおかしくありません!」
「は、ハイ……」
かなり過激な思考のようだが、エイアンドは女の子で、エレンも女の子だと思われているのだ。
そういうことにはならないだろうと、エレンは思う。
──いくら世間知らずで常識知らずなエレンでも、それくらいは流石に知っているのだ。
だが、ふとエレンの脳裏に閃くものがあった。
そもそも、今日エイアンドと会うのは今後のことを話し合うためだ。
漠然とカフェか何かで話をするつもりであったのだが、よく考えれば、話の内容が内容だ。人に聞かれないような場所が良い。そういうコトをするような個室なら、ちょうど良いのではないだろうか?
「お姉さま、その、そういうコトのできる場所に、心当たりはありませんか?」
ダメ元でルシアナに聞いてみるエレン。
流石に、利用目的が違うとはいえ、そういった店の所在を聞くのは、恥ずかしさで身悶えてしまう。
暫しキョトンとしていたルシアナだが、すぐにニンマリとした笑みを浮かべ、
「やっぱりその気なんじゃない」
と、当然の誤解をした後、「学園生徒御用達」の連込宿をエレンに教えた。
何せ、寮は異性の連れ込みは厳禁。
しかも、男女ともに2人部屋。
自然、そういう情報は共有されてゆくのだ。
料金は少々お高いが、安心して使える店を紹介される。
そうこうするうちに、先日ルシアナと買った白いワンピースに着替えるエレン。
──下着も白で揃えてはいるが、なかなかのデザインだ。
そして、仕上げのメイクは、ルシアナが施す。流石に、ぶっつけ本番で初メイクは無い。
「どんな感じが良いかしら?」
「えと……お任せします」
メイクに関してはど素人のエレンなのだ。ルシアナに任せてしまった方が安心だろう。
「そうねぇ、アナタの場合、下手に印象を変えるよりも、長所を伸ばす方が良いわね」
そう言って、エレンにメイクをしていくルシアナ。
冷たい印象はそのままに。美人顔をより際立たせるように。さりとて、自然に見えるように……
数分後、鏡の中のエレンは、見慣れたエレンの顔の特徴を、さらに引き立てたものとなった。
冷たく、悪人顔で……それ以上に、美しい。
「凄いです! お姉さま、私なんだけど、私じゃなくて、でも私で、こんなにキレイで……」
「ふふ、喜んでもらえて嬉しいわ」
はしゃぐエレンに優しく微笑みかけるルシアナ。
気がつけば、ソロソロ出かけるのに良い時間となっていた。
「では、行ってきます」
「ああ待って」
出て行くエレンを呼び止めルシアナは言う。
「最後の仕上げをするから、良いと言うまで目を瞑っていて」
「こうですか?」
言われた通りに目を瞑るエレン。
「ええ、そうよ。目を開けちゃ、ダメよ」
そう言いつつ、エレンを抱き寄せるルシアナ。
何をするつもりなのかは不明だが、目を開けずに待つエレン。
数秒の後、エレンの唇に何か柔らかなモノが押し当てられる。
暫くして離れたその感触を残念に思っていると、ルシアナも離れた。
「はい、もう良いわよ」
言われて目を開けたエレンは早速問う。
「今、何をしたんですか? その、凄く気持ち良かったですけど」
問われたルシアナはニッコリとわらい、人差し指をエレンと同じ紅を付けた唇に当てて言う。
「ふふ、ナイショ」
「えー」
「まぁ、そのうちに、ね? さ、行きなさい」
そんな言葉と共に部屋を追い出されたので、エレンはそれ以上追求することができずに出かける事になる。
「……そういえばお姉さま、いつの間に口紅塗ったんだっけ?」
そんな疑問がエレンの頭に過るが──すぐに忘れた。
1日=10アウ
1アウ=100ミン
1ミン=100セク
1セク=心臓が1回鼓動するくらい
厳密には違うけど、「秒」「分」「時」と表記することもあるかも知れません。
……まぁ、ミスした時用のイイワケなんですけどね。
次回は14日です。




