1-3
風呂から出たエレンは寝衣を身につけて寝室へ入ったが、違和感を覚えて立ち尽くした。
「ああ、早かったわね。ちゃんと温まった?」
そう、大きなベットの上で問いかけてきたのは、ルシアナだった。
なにやらベットメイクのような事をしているが……
(あんな大きなベットあったっけ?)
そう。ルシアナが乗っているような大きなベットは、この部屋には無かったはずなのだ。いつの間に部屋に入れたのだろうかとエレンは疑問に思う。
ついでに言えば、エレンのベットとルシアナのベットも無い。
風呂に入っていた時間はそれなりにあったが、だからといってベットを出入りさせる時間も物音も無かったと断言できる。
何が起こったのかは分からないエレンだが、知っているであろう、目の前の人物に尋ねる事にした。
「ルシアナ様──お姉様、そのベットは一体?」
名前を呼んだら圧を感じたので、慌ててお姉様と呼び直すエレン。
「ああ、コレ? 私のと貴女のをくっつけたのよ」
事もなげに言うルシアナ。
なんだかんだで公爵令嬢のベットなのだ。それなりの大きさがあるのだが、それをひとりで移動させてくっつけたというのだ。
見かけによらず、力があるのか。そんな風にエレンは考え、思わず「見かけによらず力強いんですね」と、口から出ていた。
「そんなわけないでしょう。魔法よ、マホウ」
笑いながら訂正されて初めてその可能性に思い至った。やはり母のような力を持った女性は、そうはいないらしい。
そんな事を考えている間に、ルシアナは風呂場に入ってしまい、そもそも何故ベットを動かしたのかを聞きそびれてしまった。
目の前にはくっつけられてひとつとなった巨大なベット。ルシアナがシーツまではかけたようだが、布団などは脇に避けられたままだ。
さて、どうするかとエレンは考える。
ベットを離す──ルシアナが何らかの意図でやったのだから、勝手に離すと怒られるだろう。
ベットメイクをする──それくらいしかやる事がないと結論付ける。
早速、見覚えのない方のマクラ……必然的にルシアナのマクラを手に取り、ベットに配置する。続けて毛布に掛け布団。──ふとエレンは気付く。自分はどこで寝れば良いのだろうか? ルシアナは「床で寝ろ」というようなお方ではないと思うのだが……
「あら、ベットメイクしてくださったの? ありがとう」
「いえい……え?」
背後から聞こえた声に応えつつ振り向いたエレンの顔が引きつった。
「あ、あのあの、そのの服は?」
慌ててカミカミのエレンだが、ルシアナはさして気にもせず、見せつけるように──実際見せているのだろう──一回転して言う。
「どうかしら? 南から取り寄せた寝衣なの。ネグリジェと言うんですって。」
それは、なんというか、「衣」という概念に真っ向から戦争を仕掛けるような寝衣だった。
見かけは袖無しのワンピースのようだ。
柔らかそうな素材で、なるほど寝衣としては良さそうだ。だが……
「す、透け……肌が見えているではないですか!」
そう、肌が透けて見えている。
「まぁ、少し恥ずかしいけれど、女同士だし。それに、魔族の方たちはみんなコレらしいわよ」
魔族が聞いたら怒りそうな事をルシアナが言うが、ツッコむ者はここには居ない。
「暗殺者とかが来て、逃げる時どうするんですか!?」
エレンは、自分が男だと自覚している。
しているが、こういう時にはスッポリと忘れる。
ついでに女性の裸を見ても性的な興奮は覚えない。
なので、純粋に暗殺者が来るなどで逃げるような事態になった時を心配して発言した。
「いつの時代の話をしているのよ? 今時暗殺者なんか来ないわ」
──最低週1回は来てました。
と言いたいエレンだが、この様子だと冗談だと思われるだろう。
「あるとしたら、男子寮から来る夜這いくらいね。でも、寮の防備も完璧だから、ありえないわ。もし、それすらかいくぐるような男子なら、むしろ抱いてほしいくらいよ」
(確かに、強い男に抱きしめられるのはイイかも……)
「抱く」の意味がズレているエレン。
確かに、寮の警備は優れている。しかも王立学園だ。
そこに暗殺者を送り込むなど、王に反逆する行為なのだ。流石のあの正妻でも、王への反逆まではしないだろう。
「エレン、貴女のマクラを貸しなさい」
「あ、はい」
考えごとをしている間に、ルシアナがベットの上で何やらやっていた。マクラを所望されて反射的に渡してしまったエレンだが、何をする気なのか全く理解できないでいた。
そんなエレンを差し置いて、ルシアナはマクラを並べて置いて布団に入り……
「ほら、エレン、ここに寝なさい」
ポンポンと自分の隣を叩くルシアナに従い、エレンはその場所に横たわる。
そのまま布団をかけられて……
「え? ルシアナ様、コレは!?」
流石に驚いてルシアナに問いかけたエレンは、両頬を抓られた。
「お姉様よ。二度と間違えてはダメ」
「ふぁい、お姉様……」
指を離されてもジンジンと痛む頬をさすりながら、謝罪するエレン。
「それでお姉様、コレはいったい……?」
何故同じベットで、同じ布団で横になっているのか説明がまだだ。
「そんなの、いっしょに寝るからに決まってるじゃない」
「いっしょにねる……」
エレンがその意味を理解する前に、ルシアナが続けて言う。
「貴女、あのメイドが帰る時、凄く不安そうな顔をしていたのよ」
「それは……」
エレンは実際に不安だったのだ。男の自分が女子寮でやっていけるのかと。
「家族と離れて暮らすのが不安になる気持ちはよく分かるわ」
「えーっと……」
そうではないのだけれど、本当の事を言うわけにもいかないので、そのまま話を聞くエレン。
「実は私も最初、寂しくて泣いてしまったの」
髪と同じ淡藤色の瞳で語りかけるルシアナ。
「そうしたら、お姉様がこうして一緒に寝てくれるようになってね。だから、私も貴女にこうしてあげたくなったの。……迷惑?」
問いかけてくるルシアナの瞳の中に、ほんの少し不安が見える。しかし……
「ビックリはしましたけど、迷惑ではないです。嬉しいです」
エレンはずっと離れで暮らしていて、母とメイドのリリア以外から優しくされた事などほとんど無かった。
なので、ルシアナの好意が素直に嬉しかったのだ。
「良かった。……ほら、手も握ってあげる」
指を絡ませて手を繋ぐ。
恐らくは、コレもルシアナがそのお姉様にしてもらった事なのだろう。
「おやすみなさい、お姉様……」
繋いだ手の温もりを感じながら、エレンは夢の中に落ちていった──
エレンは男の自分が公爵令嬢──しかも肌の透けたネグリジェを着た──と同衾するのは大問題であると、考えもしなかった。
寮の部屋は室温調整バッチリなので、秋に透けネグリジェ着てても寒くはありません。
ええ、1話にさらっと収穫祭後と書いてるだけですけど、作中時間は秋なんです。