ある王子の企み
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時は戻って水曜日の夜──
学園の最も豪華な部屋……学園長室で話す数人の人物が居た。
いや、ひとりが詰問を受けていると言うのが正しい。
責められているのは、この部屋の主。
アウダークス・マルガム。5大公爵マルガム家の現当主……の弟だ。
そんな貴族でも頂点に近い人物を叱責するような者など、それほど多くはない。
「失敗した。というだけならば良いのだよ。ボクはね、アウダークス。失敗を責めているんじゃないんだ」
むしろ優しげな口調で、笑顔で話すのは、アウダークスよりも年若い……いや、むしろ幼いとすら言える少年だった。
その傍には、黒い全身甲冑の人物が立っている。
「でも、今回は計画の実行すらしなかったそうじゃないか。ねぇ、そうなんだろう? ボクの黒騎士」
「ハイ」
黒騎士と呼ばれた人物の声は、顔を覆うヘルムのせいでくぐもり、男女の別すら明瞭としない。
「第1王子とクアマリンの令嬢は、ダンジョンの中で強めの魔物と遭遇。コレを撃退したとの事です。」
そのまま淡々と、黒騎士は言葉を続ける。
「……ただ、倒したという魔物の死体は発見されておりません。ふたりは謎の魔物肉を所持していましたので、それで全部というくらいの大きさだったのでしょう」
黒騎士の報告は、そんな予想と共に終わった。
「ついでにいえば、ふたりはそれを切っ掛けに婚約した」
黒騎士の言葉に補足を入れる少年。
そして、笑顔で優しげな口調のままで問いかける。
「で、この話のどこに、キミが雇った冒険者が出てくるのかな?」
今回のダンジョン実習では、アウダークスの雇った冒険者が第1王子を殺害する手筈になっていたのだ。ペアの生徒に罪を被せた上でだ。
優秀な第1王子の事なので、確実にダンジョン実習を行うふたりに選ばれる。
そして、現に選ばれたのだ。
ここまでは計画通りだった。
だが、肝心の冒険者が居なかった。
居たのは、ふたりで肉を持ち帰れる程度の大きさの魔物だけ。
ダンジョン実習に選ばれるふたりであれば楽勝だっただろう。
──噂では、中で男女の営みをする余裕すらあったとか。
そして、そんな無責任な噂の中には、謎の冒険者の噂は……
「ああ、そうそう。妙なふたり組に助けられた。なんて、弟は言っていたな。……おかしな話だねぇ?」
その容姿と、第2王子という肩書きから、この少年──ラーテル・ローラシアをエイアンドの弟と思っている者も多いが、その実ラーテルの方が兄である。……1ヶ月ほどだが。
それでも、この国では妾の子の方が継承順位は低い。
「や、雇ったのは、さ、さんにんです!」
裏切ったと思われる事を避ける為だろう。ラーテルの言葉に、アウダークスは声を震わせて応えた。
「……なるほど、人数が違うのか。なら、その3人は今、どこで、何をしているんだい?」
「し、知らない……です。ダンジョンの周りの警報は切っていたので……」
アウダークスはそう答えるしかない。
事実知らないのだ。あの3人がダンジョンに忍び込めるように警報を切り、約束の時間は巡回時間からもズラしていた。
誰にも忍び込む所を見られない為の小細工が、まさかこんな事で裏目にでるとは思ってもいなかった。
「つまり、証拠は無いが、3人が逃げた。と?」
「は……ハイ……」
ラーテルの鋭い眼光に晒され、震えながらもなんとか応答するアウダークス。その声は少し掠れている。極度の緊張で、何度か込み上げてくる胃液が喉を焼いているのだ。
「黒騎士」
「はっ」
ラーテルの呼びかけに応えた黒騎士が、瞬時にアウダークスの目の前まで移動し、その肥えた首を掴んだ。
「ひぃぇ!?」
悲鳴をあげるアウダークスに向かって、ラーテルが告げる。
「つまり、お前が、王族殺しを、依頼した、冒険者が、裏切って、どこに居るとも知れない。というワケだな?」
「ぐぇぇぇっ!! はひぃ、おゆ、お許しをぉ!!」
首を掴まれ、そのまま持ち上げられたアウダークスが許しを乞う。
追い詰められた者にとって、ラーテルの童顔は異様な恐怖感を与える。
「やれ」
ラーテルの合図と共に、アウダークスの喉が熱を感じる。
「ひゃぁぁぁぁ!!!」
悲鳴をあげるアウダークス。
だが次の瞬間、彼は床に降ろされ、黒騎士も離れた。
「……え?」
状況を理解できず、間の抜けたこえを出すアウダークス。そんな彼にラーテルは告げる。
「掠れた声が不快だっただけだ」
その言葉で、喉の痛みが消え、声も戻っている事に気がつくアウダークス。どうやら、先ほどの熱は回復魔法だったようだ。
そして、ラーテルは何かメモの書かれた紙を彼に投げ渡す。
「この連絡先に、裏切り者を探させろ」
それだけ告げて、ラーテルは部屋を出て行く。
続けて黒騎士が一言、
「次は爆破する」
と告げ、ラーテルの後を追って行った。
残されたアウダークスが座り込む床には、水溜りができていた。
◇
「どう思う?」
寮に戻ったラーテルは、対面の黒騎士にそう問いかける。
もちろん、黒騎士は寮に戻る前に、あまりにも目立つ全身甲冑は脱いでいる。
「情報が少な過ぎます。そして、想定外の出来事も多過ぎます」
そんな風に、素顔の黒騎士が答える。
「そもそも、お前が外されることからして、想定外だったしな」
そう、ラーテルは黒騎士……イーチェに語りかける。
「面目次第もございません」
「気にするな」
平伏するイーチェに、ラーテルが言う。
「あの学園長に出させた成績表だ。見ろ」
言葉と共に投げ渡された紙の束を読んだイーチェの動きが止まる。
「お前や弟以上。まるで上級冒険者だ」
何だかんだ言っても、王族は強い。
権力だけでなく、暴力の意味でもだ。
それが高貴な血統故か、より強い者が生き残る淘汰故かまでは分からない。
平和な世の中になり、その力を示す場が少なくなったとはいえ、王族は軍事の要なのだ。
その王族の血が何割か入る確率の高い上級貴族も、かなりの確率で実力者が多い。
5大貴族ともなれば、なおさらだ。
なので、5大貴族の娘であるエレン・クアマリンが、優秀な成績であることは、何ら不思議ではない。だが──
「これが、2年の終わりの成績なら、ボクも納得するんだけどね」
いささか成長が早すぎる。と、ラーテルは言う。
「まるで、殲滅武姫だ」
「アレと比べるのは、流石に……」
話題に上った伝説の冒険者は、ランク8のドラゴンですら、素手で殴り飛ばすという。もちろん、直接見たわけでは無いが、そんな噂に事欠かない伝説の女冒険者だ。
クラスメイトの少女が、そんなバケモノだとは、イーチェにはとても思えなかった。
「まぁ、あの学園長のことだ。例の連絡先を使って、イロイロやってくれるさ」
「それは……大丈夫でしょうか?」
主人の呟きに、イーチェは不安を覚える。
「大丈夫さ。計画を進めるには、少しくらい危ない橋を渡った方が良いこともある」
そう言って笑うラーテルの表情は、その童顔に似合う笑顔だった。
「相応しい者が王となる前に、邪魔者には消えてもらわないといけないから、ね」
次回12日です。




