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ブクマ、誤字報告感謝です。
夜。
手に入れた魔物肉を調理してルシアナに振る舞うエレン。
あの後、案の定質問責めにあい、エイアンドとの婚約を発表。
もちろん、王の承諾を得ていないので正確には「最有力候補」という扱いなのだが、長らくそれすら無かった事もあり、大騒ぎとなった。
話の広がり具合からも、寮の食堂に行けば質問責めで食事どころではないだろうことは、想像に難くない。
なので、エレンとルシアナは自室で夕食をとっていた。
「あら、美味しいわねコレ」
一口食べたルシアナの、お世辞抜きの言葉にエレンは安堵する。はじめての魔物で、手探りでの調理だったが、上手くいったようだ。
「喜んでいただいて、何よりです」
そんな返しをしたエレンが、次に佇まいを正して頭を下げた。
それを訝しむルシアナに、エレンは謝罪の言葉を口にする。
「いただいた服をダメにしてしまい、申し訳ありませんでした」
貰って1日で灰にするなど、もってのほかだろう。そう思っての謝罪だった。
「いいのよ。汚れたり破れたりするのが前提の服だもの。予備もあるし」
そう言って、予備を見せるルシアナ。用意がいい事だ。
「それよりも、随分と噂になっているみたいじゃない。早速婚約だなんて、手の早いこと」
ルシアナも、噂に関して気にはなっていたようだ。この時間まで話題にしていなかったので油断していたエレンだが、どうやら用事が全て終わって逃げられなくなるタイミングをはかっていたらしい。
「察するに、体操服絡みかしら?」
そう問うてくるルシアナに、エレンは事のあらましを伝える。
ダンジョンに少し強い魔物が居た事。
その魔物から王子を助けた事。
魔物を退治した時に服が燃えてしまった事。
……この部分は、自分のミスで燃やした事は上手く隠しつつ。
そして、魔物を倒した後のやりとりを。
もちろん、エイアンドが女だという事実は伏せてだ。
この説明をさらに端折った経緯は、ダンジョン攻略後にクラスメイトや担任のアドナンにも伝えてある。
この経緯説明がかなりダイジェスト的なものだったので、噂はかなり脚色されて伝わっているらしい。
そのバリエーションも数多く、魔物に陵辱されたエレンをエイアンドが救った。
いやいや、エレンが自ら服を脱いで迫った。
むしろエイアンド殿下がエレンの服を裂いた。魔物云々はフェイク。
などなど……
数え上げればキリがない。その全てが、何やら過激な方向性なのは気のせいだろうか?
しかし、全てに共通して付け足される文がある。
「エレン嬢は嫉妬心が強く、エイアンド様を独り占めするつもりのようだ」
ひととおり、エレンからエイアンドを独占するつもりだという事も含めて聞き終えたルシアナは、少し考えた後にエレンに言った。
「アナタ、随分と古風な考えしてるのね」
「え?」
思いもよらぬルシアナの言葉に、エレンは聞き返す。
「貴族令嬢たるもの、男子に肌を見られる事あらば、相手を殺すべし。叶わぬならば死すべし。あるいは愛すべし。──なんて、大昔……大戦前の習慣じゃないかしら? 未だに伝えられているのって、我が家くらいだと思っていたわ」
ルシアナの言に、エレンの背中に汗が伝う。
殺すか死ぬか愛するか。というしきたりについては、クラスメイトには話していない。大幅に端折ったからだ。説明せずとも、察するだろうと。
その風習をエレンが知らぬのも無理のない話だったのだ。既に廃れた慣習で、そもそも伝わっているのが王家やルシアナのオライト家くらいとなれば、クラスメイトの誰もそれを知らないだろう。女子に伝わる習慣なので、オライト家のイーチェも怪しい。
だから、肌を見られて即婚約。などという発想は出ず、なかなかに過激な噂が出来上がったのだ。
そもそも、そんな事で王子と婚約できるなら、学園の女子は胸を露出して歩くだろう。少なくとも、2人の王子の前では。
そんな事実を知り、エレンの気は少し軽くなった。
世間的に女子がそこまで気にしていないのであれば、自分が見てもそれほど問題ではないだろうと。……サイテーである。
とはいえ、気になる部分もある。
「お姉様も、知ってはいても、実践はなされないですか?」
そう、ルシアナはこの風習を知っている。ならばどのような考えなのか、気になったのだ。
問われてルシアナは頬に手を添えて考えるそぶりを見せる。
「そうねぇ……確かに古いしきたりだけれども、守らない理由も無いから……」
「え゛?」
ルシアナの言葉に、エレンの時が止まる。
「嫌っていたり、なんとも思っていないような相手に見られてしまったら……殺しちゃうかも。そんな相手のために自分が死ぬなんて、嫌ですもの」
なかなかに過激な答えだった。
だが、当然といえるだろう。見られて殺すか、死ぬか、愛するか。などという選択肢なら、どこの誰が嫌いな相手の為に自ら死を選ぶというのか。
「あら、空調魔法の調子が悪いのかしら? 凄い汗よ?」
「ああ、いえ、大丈夫です。そ、そうだ。明日エイアンド殿下とお会いするのですが、どこかお話するのにいい場所を知りませんか?」
コレ以上この話題はいけない。そう判断したエレンは、無理矢理話題を変えた。
実際、翌日の闇曜日に、エイアンドと合う約束をしたのだ。今後のことを話し合う為に。
「あら、デート? 羨ましいコト」
エレンの目論見通り、ルシアナは話に乗ってきた。
「デート……と言って良いのでしょうか?」
「男女が連れ立って出かけるなら、それはデートでしょう?」
「そう……かも知れません」
世間的には、そう見えるのだな。とエレンは理解した。もちろん、実は女の子だったエイアンドは、女だと思わせている自分と出かける事をデートだとは思っていないだろうが。
その後、ルシアナは学園都市の名所をエレンに教え、明日に備えて念入りに身体を磨くように伝えてエレンを風呂へと押し込んだ。
そして、自身は食器を洗いつつ、先ほどまでの会話を回想する。
「そうか。あの子と……か」
そんな呟きがルシアナの口から漏れる。
「なら、妾の地位でも、狙っちゃおうかしら」
自然とルシアナの口元に笑みが溢れる。
「責任は、とってもらわないと……ね」
次回7日です




