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続・戦闘回。
浮かれていた。
そして、少しばかり認識を間違っていた。
エレンはそう反省した。
最近食べていなかった魔物肉を食べられると、気分が高揚していたのだ。
もちろん、ルシアナと作る朝食も、食堂で食べる夕食も、先ほど食べた『オニギリ』も美味しい。
しかし、魔物肉はそれとは別にエレンの好物なのだ。
引越しの準備もあり、数週間口にしていない好物を食べられるとあれば、浮かれるのも無理はないだろう。ルシアナの『オニギリ』で腹が満たされていなければ、エイアンドを放って突撃するという失態を犯したかもしれない。
そして、認識の間違いについては、エレンは自分の実力が少々他よりも高いのだろうと、ここに至って自覚した。
自分が弱いとまでは思っていなかった。平均よりも少し上程度の実力だと思っていたのだ。クラスで2番目程度だと。
だが、違う。
田舎でちょくちょく魔物を狩っていた自分と、都会に住んでいる他の生徒とでは、戦闘技能という一点では、自分の方が勝ると気がついた。
目の前のクモモドキすら過剰に恐れる程度には、都会の者は魔物と戦い慣れていないのだ。成績優秀者であるエイアンドですらそうなのだと。
──実際は、かなりの齟齬があるのだが、そのようにエレンは認識した。
浮かれて油断して、魔物に腕を斬り飛ばされた。あの程度、避けられる筈だったのに。
さらには、王族に怪我をさせてしまった。というか、あの様子では、怪我どころか死んでいたとしても不思議はない。
──ザコに腕を斬られた事実に、少しばかりショックを受けて放心していた間の出来事とはいえ、王族に仕える貴族として大失態だ。
そもそも、エイアンドが魔物に怯えた様子を見せていたところで気がつけば良かったのだ。──魔物は見慣れていない。自分がもっとしっかり守らないといけないと。
心中で一通り……かなりズレた反省をしたエレン。だが、魔物の糸に絡め取られて自由に動けない状況に変わりはない。
いや、片腕は食われたが、もう片方の腕は自由に動く。
ならば、とエレンはネバつく糸を掴んで……そのまま魔物を投げた。
2度、3度と魔物を投げて地面に叩きつける。
糸は異様に頑丈なようで、そんな風に振り回しても一向に切れる様子がない。
それならば、と次は魔法で燃やしてみる。
だが、それは失敗だった。
先ほどの失態でイラついた状態では魔力制御がうまくいかず、火力が強すぎて糸どころか、その下の体操服やブラまで燃やしてしまったのだ。
下に履いたブルマは無事ではあるが、せっかくルシアナに選んでもらった下着や、貰った体操服がダメになってしまった事はエレンを酷く落ち込ませた。
──全部あの魔物のせいだ。
エレンは全ての責任と怒りを魔物にぶつける事にした。
とはいえ、先にやらなければならない事はある。
切れて食われた腕をささっと魔法で治療しつつ、エイアンドの下へと駆け寄り、容体を確認する。
頭蓋骨を含む数十カ所の骨折、内臓破裂、意識消失、etc……
良かった。
ただの致命傷だ。
死んでいないなら、魔法で治せる。エレンはそう、安堵の息を吐いた。
……そんな呑気な状態な筈はない。
糸の先に繋がった、身の丈の何倍もある魔物を振り回す事も、斬れた腕を生やす事も、これほどの重傷を治療する事も、ついでに言えばディブファメットと呼ばれる大蜘蛛の不燃の糸を燃やす事も。全て奇跡と呼ばれるような業だ。
そんな事実はつゆ知らず、自分の腕のようにさっくりとエイアンドを治療するエレン。
内臓もぐちゃぐちゃになっていたものを、まとめて一気に治療する。流石に、意識までは早々には戻らない。
とりあえずは、エイアンドを横抱きに抱き上げ、エレンはその場を離れた。
次の瞬間、槍のような何かが地面に突き刺さった。ちょうど、エレンたちが数瞬前まで居た位置だ。
その正体は、件の魔物の尾だ。
サソリの物に似た尾ではあるが、毒を注入する為のものではなく、十分な攻撃力を持ち、さらに伸びるようだ。尾の持ち主本体は投げ飛ばした先から動いていなかった。
キィキィというかん高い鳴き声を広間に響かせて、次々に尾をしならせ、突き刺してくる。
エレンはその全てを躱し、エイアンドを広間から出た通路に横たえた。
動きの止まったその時を好機とみたのか、狭い通路では逃げられないと踏む知恵があるのか、又は只の連続攻撃か。
魔物は通路のふたりを目掛けて尾を突き刺してきた。
そんな尾の攻撃を、エレンは両手で抱えて止めた。そしてそのまま広間へと舞い戻り、先ほど糸でしたように尾を使って魔物を投げようとした。
だが、魔物も先ほどの攻撃を学習したのだろう。さらに尾を伸ばしてその攻撃を受け流し、逆に糸で攻撃してきた。
避ければエイアンドに当たる角度で攻撃してくる程度の知恵はある魔物に、エレンは内心舌打ちする。
再び絡め取られる前に、炎で燃やす。どうせなら、糸を伝って本体まで燃えてくれれば面倒は無いのに。と思うが、燃えにくい糸ではそこまでの事にはならない。
ならば、とばかりに尾を焼いてみる。
こちらは盛大に燃え上がった。どんどんと胴体の方へと燃え上がっていく尻尾。
魔物は火で焼かれる痛みで悶え暴れるが、その間にも炎は胴へと迫る。
いよいよ胴体へと炎が迫ると、なんと魔物は自ら尾をその大鎌で切断し、炎から逃れた。
しかし、それで死を免れたわけではない。
炎に構っている間に距離を詰めたエレンの拳が、魔物に突き刺さった。
そして、さらにそのまま魔物にエレンは必殺の攻撃を繰り出す。
魔法と格闘を組み合わせたエレン独自の技だ。
術式を理解する者が見れば、その目を疑うだろう。
術式を解さぬ者でも、その光景を見れば同じだ。
ただひたすら相手を殴る。
強化した拳で。速度で。
時にその衝撃にエレンの腕が耐えられずに折れる。否、砕ける。砕けても修復する。そしてまた殴る。殴る。殴る。
ついでに言えば、ただ殴っているわけではない。インパクトの瞬間、魔力の衝撃波を相手の体内に送り込むのだ。体内で反射する術式を込めて。
これにより、相手は外側からの物理攻撃と、内側で暴れる魔力攻撃の両方に晒される事となる。
エレンが開発し、名付けたその技の名は──
【キミが死ぬまで殴るのをやめない】
……技の発想とネーミングセンスは最悪だった。
どこぞの百裂拳とかオラオラとか無駄無駄とかガトリングとかああいう系統の技です。
あんなん、自分の腕もぶっ壊れるよなぁ……と思ったので回復も追加。
「どんな相手でも死ぬまで殴れば勝てる」
次回31日です




