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女装令嬢の日常  作者: マルコ
女装令嬢の戦闘実習

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23/42

2-9

戦闘回です。

 エレンの実家のある南方辺境領は、ハッキリ言えば田舎である。

 過去に南の魔族との戦争を行った時の最前線だった影響もあり、魔力が過剰に滞留して土地も荒れている地域でもある。


 そんな地域では普通の作物では育たないので、魔力の濃い場所でも育つ……むしろ、魔力を取り込むような強い作物を南から取り入れ、なんとか育てて輸出で生計を立てている。原産地の南の大陸よりも強い魔力で質の良いモノが育っているようなので、その環境の良し悪しは表裏一体といったところだ。


 そして、そんな魔力の濃い場所というのはダンジョンや魔物が多く巣食うことになる。そして、それらを討伐する冒険者も多く来ることになる。

 エレンも、()()()()()()()()()()()()()()という理由で戦闘技術を学び、冒険者の真似事を少々やっていた。


 もちろん、未だ学園にすら通っていない子供だ。しかも公爵令()だ。

 正式にギルドに所属しているわけではないので、最底辺の ランク 0(見習い)ですらない。

 それでも、時折正妻が仕向けてくる()()()、大きなイノシシや、飛びトカゲといった、正式な名も知らぬ魔物を退治しては美味しく料理していた実績がある。


 そんなエレンが、今ダンジョンの奥に感知したのは、そういった美味しい獲物の反応だった。

 流石に、エレンの探知の実力では目視しなければ反応がどういった魔物かまでは分からない。だが、先に挙げた魔物と同じ様な強さの反応なのだ。不味い訳がない。


 流石は王立魔法学園の管理するダンジョンだ。と、エレンは心中で喝采をあげる。これほどの反応の獲物は、故郷でも滅多に出会う事は無かったのだ。野生では。という但し書きが付くが。が、この学園では成績上位者限定とはいえ、入学直後に入れるダンジョンにすら居るのだ。

 ……いやいや、初回サービスか? と、エレンは少し気分を落ち着ける。最初なので少し上等な魔物を配置するくらいはするかもしれない。もしかしたら、王子の為という事もありえる。


 普通に考えれば、初ダンジョンにも王子の挑戦するダンジョンにもワザと上位の魔物は配置しない。

 だが、エレンにとっては魔物は好物で肉の塊でしかない。ご褒美でしかない。

 流石にワイバーンは躊躇するし、ドラゴンのような無体な相手は御免(こうむ)るが。


(さて、この反応は何かな?)


 エレンは知らない。

 自分がドラゴンと呼ぶ魔物が、神龍と呼ばれる神話で語られる生き物である事を。


 エレンは知らない。

 ワイバーンと呼ぶ魔物が、一般的にはドラゴンと呼ばれている事を。


 エレンは知らない。

 飛びトカゲと呼んで普通に狩っているワイバーンが、ランク6の強敵とされている事を。


 エレンは何も知らない──

 自分の生母の異名も、自分の実力が他と隔絶している事も。


 ◇


 ふたりはダンジョンの奥へと進んで行き、広間にたどり着いた。


「ダンジョンの中にこんな広間があるなんて……」


 エイアンドがそう口にする。

 今までの通路とは比較にならないほど、天井も高く、床面積も広い。そういえば、ダンジョンの中で集団戦の訓練をすることもある。と聞いたことをエイアンドは思い出す。このダンジョンがソレなのだろう。

 成長し、内部構造が変わるダンジョンで、どのように広場を維持しているのかは分からない。あるいは、たまたまできた広間を利用しているだけなのか、その辺りに興味があるエイアンドだが、今答えを得る事はできないだろう。

 見たところ、魔物の姿はない。エレンが感知したという魔物はさらに奥に居るのだろうか?


「あれ? 反応はこの辺りの筈なのですが……」


 そんなエレンの声が後方から聞こえる。


 ──頻繁に動き回っているのだろう。


 そんな事を言うために振り返ったエイアンドの目に飛び込んできたのは、広場に入ってきたエレンと、入口の上から彼女を狙う魔物の姿だった。


 丸く大きな、蜘蛛のような胴から、蠍のような尾を生やし、幾対もある脚の一番前にある腕は、蟷螂の物をより凶悪にしたような大鎌になっている。その鎌は、今当にエレンに振り下ろされようとしていた。


「エレン、上、危ない!」


 咄嗟の事で片言になってしまうエイアンド。

 だが、エレンは正しく警告を受け取り、上を警戒しつつその場を離れ、エイアンドと並び立った。

 エイアンドの警告で狩を邪魔された事に怒っているのだろうか、その魔物はキイキイと金属が擦れるような耳障りな鳴き声を上げている。


「まいったな……」


 エイアンドがそう漏らす。

 先ず、出口方向に魔物が陣取ってしまっている。これでは逃げる事ができない。


 ならば、戦うという選択肢しかないのだが、これも難しい。

 エイアンドはこの魔物の名もしらない。だが、魔物の常として、一般的に大きいほど強いのだ。

 体内に蓄積した魔力の量もさる事ながら、その大きさそのものが脅威となる。

 この蜘蛛モドキの魔物は、エイアンドの身の丈の3倍はある大きさだ。弱いはずがない。

 どうやってこの窮地を脱するか……

 そのような事を考えたエイアンドの目の前から魔物が消えた。


「え?」


 そんな呆けた声を出して周りを見渡すエイアンド。


「危ない!」


 エレンの声と共に、エイアンドの体に衝撃があった。

 地面に突き刺さった大鎌を視界の端に認識し、どうやら自身がエレンに突き飛ばされたらしいと理解できるまでに数瞬の間があった。


 キィキィと魔物が鳴き声をあげる。

 エイアンドには、魔物の動きが全く見えなかった。エレンはどうにか察して突き飛ばしたようだが、この魔物は大きさもさることながら、その速さも並の魔物とは違う。


 ──ボトリ


 何かが落ちた。

 細長く、白い、赤い液体が流れ出るナニカ。


 視界の中には、腕を抑えてうずくまるエレンが見える。先ほどエイアンドを突き飛ばした時に痛めたのだろうか?

 視界の情報をエイアンドの脳が処理する事を拒否する。


 キィキィと、耳障りな鳴き声を上げる魔物。それは、またもや獲物を仕留め損ねた怒りの声なのだろうか?

 鳴き声をあげつつ、魔物が口元から何やら吐き出す。──糸だ。

 蜘蛛のような体なので、糸の攻撃を予想していたエイアンドだが、まさか口から出すとは思っていなかった。


 その糸は、先ほどの白い棒状のモノを絡めとり……素早く魔物の口へと戻っていった。

 ポリポリと、口を動かし、またキィキィ鳴く。


 アレを食って喜んでいる。

 エイアンドはそう直感し、理解した。

 次の瞬間、魔物は再び糸を吐き出す。狙いは──エレンだった。


 糸はエレンを絡め取り、そのままエレンの身体を天井近くまで放りあげる。

 そのまま食らうつもりなのか、地面に叩きつけるつもりなのか。


 どちらにしろ、これはチャンスだ。

 エイアンドは第1王子で、エレンは公爵令嬢だ。

 この場合、どちらの命が優先されるべきかなど、決まっている。

 第1王子のエイアンドは、こういう場合は臣下を見捨ててでも自分の命を守る事を優先しなければならない。


 エイアンドは走った。

 今、魔物はエレンを食うか、いたぶるのに気をとられている。逃げるならこの一瞬しかないのだ。

 ……だが、エイアンドが走った方向は、あろうことかエレンの居る場所だった。助けに行ったのだ。


 そもそも、エレンの下に行ったところで何ができる筈もない。それほどにこの魔物は強大なのだ。恐らく、ランク6か7相当であろう。

 いかに優秀といえど、学園の1年生でしかないエイアンドに状況を打開する策など無い。


 だが、それでも、自分を身を呈して守ってくれた女性が。

 ……腕を斬られ、食われてまで守ってくれた女性が、今当に殺されようとしているのだ。ソレを護れないなら──


(()()()()()()()()()!)


 魔物は、エレンをエイアンドに叩きつけ、エイアンドの意識はそこで途切れた。

次回29日です

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