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女装令嬢の日常  作者: マルコ
女装令嬢の新生活
1/42

1-1

 ヒト族の国家が乱立する北の大陸と魔族の国家が統一する南の大陸。


 2つの大陸間で大きな戦争があったのも、今は昔の話。

 2大陸間は友好的……とまでは言えないが致命的な武力衝突も無く、かつては争い合っていた北のヒト族国家連合も、南の魔族という共通した仮想敵を置くことで団結し、ひとまずの平和を謳歌している。


 そんな北の大陸の南部に位置し、先の大戦でも国土の何割かが戦場になった国。それが、ローラシア王国だ。


 戦乱が治まった今、荒れた国土でも育つ南の大陸の作物を育て、魔族との貿易窓口としての地位を確立して、戦後目覚ましい発展を遂げたローラシア王国の都市ローラポリスは、収穫祭の熱気がようやく冷めたこの時期、ちょっとした喧騒に包まれる。


 その中心は王立学園──その学生寮だ。


 この国では貴族や有力商人、そしてその他一般市民でも有能な者を集め、全寮制の学園に通わせて人材育成を行なっている。

 その王立学園の卒業、そして入学のあるこの時期、寮に住む生徒たちの入れ替わりがある。


 先ずは卒業する2年生が寮を出て行き、新入生が入ってくる。

 当然、移動するのは人だけではなく、家具などの生活用品も移動する。ひとりひとり、個々の荷物量は知れたモノだが、それが2学年分となれば相当な量となる。

 それがほぼ数日間で1度に移動するとなるとこの喧騒も納得できるだろう。


 そんな喧騒の中、学園の女子寮の1室で優雅にお茶を飲む少女がふたり。

 王国の五大公爵家の娘。

 ルシアナ・オライトとエレン・クアマリンのふたりだ。


「どうかしら? このお茶」

「はい。とても美味しいです。──ごめんなさい。あまり高いお茶は飲んだことがなくて……気の利いた言葉が出てきません」


 問いかけた淡藤色の髪でツリ目がちの少女がルシアナ・オライト。オライト家の3女だ。

 対して応えた黒髪のどこか冷たい印象を与える少女はエレン・クアマリン。こちらはクアマリン家の長女だ。


「味の感想なんて、そんなモノで良いのよ。というか、そこまで高いモノでもないのよ、ソレ」

「そうなのですか?」


 イタズラが成功した子供の様に──実際悪戯だったのだろう──ルシアナが微笑みながら種明かしをする。


「市場で買った庶民向けなのよ。25杯分で30アウル。それでも、ちゃんと美味しいでしょう?」


 嬉しそうに告げるルシアナ。格安も良いところである。

 無論、一般庶民が普段飲むようなお茶に比べれば少々(・・)高いが、それでもたまの贅沢として楽しむくらいの値段だ。

 公爵家の長女とはいえ、妾腹で屋敷の離れに住んでいるエレンですら、1杯10アウルほどのお茶を飲んでいるのだ。そんな茶葉でいれたものよりも、このお茶の方が何倍も美味しい。だからこそ、エレンは高級茶葉と勘違いしたのだ。


「市井にこのようなモノがあるとは、知りませんでした。ルシアナ様、流石です」


 そう言って頭を下げるエレンだったが、ルシアナは微笑んだまま注意をする。


「ダメよ、エレン。(ワタクシ)の事は『お姉様』とお呼びなさい、と教えたでしょう?」

「申し訳ございません。ルシ……お姉様」

「まぁ、慣れるまではしばらくかかりそうかしら? でも、早く慣れないとダメよ?」

「はい。お姉様」


 別に、エレンがオライト家に養子入りしたわけではない。

 王立学園は全寮制。それは貴族であっても、全ての生徒が2人部屋で生活する事になる。例外は王族……それも王位継承権5位以内の者に限られるが、それもひとり部屋を与えられるというだけで、寮住まいは変わらない。

 そんな寮の同室になるのは、1年生と2年生のペアだ。

 そして、1年生は2年生をお姉様と呼び慕い、2年生は1年生を教え導く役割を担ってゆく風習が生まれたのだ。


 ちなみに、これは女子寮だけの風習で、男子寮では同室の2年生が1年生を教え導くことはあっても、1年生が2年生をお兄様などと呼ぶ風習はない。


「コレを私に教えてくれたのは、お姉様なの」

「お姉様の……お姉様?」

「そう」


 この流れでいうお姉様とは、ルシアナの実姉ではなく、同室だった上級生のことだろう。

 エレンという新入生が入ってきたという事は、この部屋を上級生が出たということだ。その上級生……お姉様が、ルシアナにこのお茶を教えたという。


「私のお姉様、庶民なのよ」


 そう、告白するルシアナは、その内容とは違って誇らしげだ。

 だが、そういうものかもしれない。

 この学園は貴族は必ず通い、金を出せば商人も通うことができる。そして、優秀なら庶民も通うことができる。


 この「優秀なら」というのが、意外とクセモノなのだ。

 例えば、エレンの母も元は庶民である。才女と呼ばれ、街で噂になっていたところを公爵である父の目に留まって妾になった女性だ。エレン自身の基礎教育も、ほとんどがこの母によるものだ。

 そんな母でも、この学園に通う資格は無かったのだ。

 庶民で学園に通うということは、それほどに優秀なのだ。

 もちろん、金で入学する商人の子弟も庶民であるが、この場合は違うだろう。


 つまり、ルシアナのお姉様は、かなりの才女というわけだ。誇って当然だ。


「機会があれば、お会いしたいです」

「この都市の大図書館に就職したから、よろしければ紹介するわ」


 ──大図書館勤務。


 いよいよ凄いらしい。

 大図書館はこの国だけでなく、近隣諸国の古文書まで集めた知の宝庫だ。

 当然、生半可な者を採用するはずもない。貴族の子弟ですら、蔵書を扱うに相応しい者でなければ縁故採用も無いのだ。


「是非ともお会いしたいです。──ところで、あの……」

「どうかして?」


 実のところ、エレンはずっとそわそわしていた。

 周りが気になって仕方がないのだ。


「その、私たちだけ、のんびりお茶を飲んでいても良いのでしょうか……?」


 そう。今は寮の引越しの真っ最中。

 エレンも新入生として荷物を業者に運び込んでもらっているところであり、現に大小様々な家具や荷物が部屋に運び込まれ、整理整頓されていっているのだ。

 公爵令嬢とはいえ、離れでロクに使用人も居ないような生活をしていたエレンにとっては、落ち着かない状況だ。


「良いのよ。任せておけば」


 ルシアナはそう言って、お茶を飲む。


「はぁ……」


 うっかりと気の無い返事をしてしまったエレンだが、ルシアナはそれは気にせずに続けた。


「これは彼らの仕事なのだから、素人の私たちが手を出すものではないの。──もちろん、仕事ぶりが気に入らないのならば文句を言っても良いのだけれど、そうではないでしょう?」

「はい。よくしてもらっていると思います」


 実際、業者の手際は良く、家具にも部屋にも傷を付けずに運び込まれている。

 それに、静かだ。流石に人やモノが移動する最低限の会話や音は発生しているが、怒鳴り声や床をふみ鳴らすような騒音とは程遠い。


「ならば、信頼して任せておくのが、礼儀というものです」


 そういうものなのか。とエレンはひとまずは納得する事にした。

 なにしろ、公爵令嬢としての立ち振る舞いも、寮生としても、ルシアナに教えてもらわなければ、何も分からないのだ。

 寮生としては今日来たばかりだし、公爵令嬢としても、エレンは妾腹で離れ暮らしで家庭教師は元平民の母親だ。


 ありとあらゆる事を知らないので、ルシアナと自身が連れてきたメイドのリリアに頼る他はないのだ。

 それに──


「エレンお嬢様」


 思考の海に沈みかけたエレンに声をかけて呼び戻したのは、メイドのリリアだった。

 先程まで荷運びの指揮をとり、小物や着替えの整理をしていたはずだったが、いつの間に終わったのか業者も引き上げた後のようだ。


「全て、滞りなく作業完了しました」

「ええ、ありがとう。助かるわ」


 この丹色(にいろ)の髪のメイドは、離れで暮らすエレン母子の世話をしてくれる唯一の(・・・)メイドだ。どうも、表情を作るのが苦手らしく、常時無表情なのが祟って、本宅では疎まれて別宅の業務を押し付けられている。

 そんな背景はあるが、エレン母子はこのリリアを頼りにしている。リリアも、本宅で働くよりも自分を頼りにしてくれる母子の居る別宅での業務の方がやりがいもある。という、互恵関係にある。

 そのリリアが何やら心配そうにしている(付き合いが長いので表情の変化が分かる)のが気になり、エレンは尋ねた。


「どうしたの? 何か問題があって?」

「いえ、これからの事が心配で……」


 なるほど。とエレンは理解した。

 表情の乏しいリリアの事なので、この寮での生活に不安があるのだろう。


「大丈夫よ、心配しないで」


 いざとなれば、自分が5大公爵家の名前を出してでも頼もしいメイドを守る事すらいとわない。

 そんな風にエレンは胸を叩いた。


 そんなエレンを見て、リリアも安心したのだろう。


「そうですか。なら、安心して エルナ様の(・・・・・)元へ戻れます(・・・・・・)

「……え?」

「え?」


 沈黙が、ふたりの間を支配する。


 エルナとは、エレンの生母の事だ。

 何故リリアはその母の元へ戻るというのか?

 付いていてくれるのではないのか?

 エレンの思考はぐるぐると纏まらず、状況の理解を拒んでいる。


 その沈黙を破ったのは、ルシアナだった。


「エレン、この寮は基本的に学生しか入れません。メイドも例外ではありません」


 この寮では、貴族であっても、使用人に頼らぬ自立した生活を送る事を求められる。もちろん、引越しのような時は例外ではあるが、それ以外の普段の生活は自分でやらなければならない。──食堂くらいはあるが。

 ……もっとも、貴族の中には同室となった目下の者に世話をさせる者も居るようだが、オライト家とクアマリン家は同格の5大公爵家。使用人のように扱うことなどできようはずもない。

 だが、エレンはもともと普段の生活のことならひとりでもできる。使用人はリリアしか居なかったのだ。どうしたって人手が足りず、結果身の回りのことくらいは出来るのだ。

 なので、エレンが慌てているのは、そういった事ではない。


「ちょっと、貴女のサポート無しで、どうやって乗り切るのよ!?」


 能面顔のメイドに詰め寄り、小声で抗議するが……


「規則ですので、どうにもなりません。それに、ワタシ以外にエルナ様のお世話をさせるのですか?」

「う゛……」


 そう言われると、辛いエレン。


 確かに、実家のメイドたちはほぼ全員が正妻派で、母の相手をした事がないのだ。

 そんな者たちに母の生活は任せられない。

 ついでに、寮の規則を曲げてリリアを置いておくことも難しいだろう。


 つまり……


「では、失礼します」


 退室するリリアを見送りながら、エレンは覚悟を決めなければならなかった。


 男である自分が、女子寮で、公爵令嬢と同室で暮らす覚悟を。


定時投稿は金曜20時。1話だいたい2000文字程度の予定です。


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