灼熱
狂乱の校舎から何とか脱出し、僅かに見える路肩の景色とおぼつかない記憶を頼りに駅舎まで辿り着いた潤と美咲は、みどりの窓口にしつらえられたプラスチックのベンチで一息ついた。
潤は外の様子を見てくると席を立ち、今は美咲が独り、潤が出て行った自動ドアの外に目を向けながら、あの後校舎の2階で繰り広げた、めくるめく時間に想いを馳せる。
潤が左手を構える踊り場、窓の外の霧が大きく渦を巻き、校舎内の二人を呑み込まんと大きな渦の口を開けて窓に迫る。
ガラス越しなのにガラスを割る事無く暴風が二人を襲う。
コンクリートの壁に背を預けた美咲でさえ吹き飛ばされそうな暴風なのに、何故か眼前の潤は小動もしない。
美咲の視界に渦を巻いた霧が実体化する。
最早霧が風にあおられて渦を見せているのではない。
霧が空間に固定され、巨大なミミズの様な様相を呈している。
しかもその渦の一角に大きな単眼を覗かせている。
常人がその姿を眼前にしたら発狂しかねないおぞましさ。
美咲の意識も渦に呑み込まれそうになるが、目の前の潤の背中が美咲の意識をこの場に釘付けにする。
揺るがない。潤の背中は微塵も揺るがない。
見るだにおぞましく、身の毛もよだつ怪物に対峙して、独り熱量を発している。
気のせいか潤の周囲から霧が逃げていく。
その霧の様子は晴れていく、という感じではない。
美咲の眼には霧に意志が有り、潤に怯えて逃げていくように見えている。
窓の外に居た怪物が窓に迫る。
窓と外壁に達した渦の怪物は、あろうことかそれをジワリと通過して校舎内に身体をねじ込んでくる。霧の前に二人が知る物理法則も悲鳴を上げる。
だが美咲が驚くのはまだ早かった。
巨大な霧の身体が潤を呑み込もうと渦の口を開いたその眼前、突き上げた潤の拳が爆発した。
いや、美咲には、爆発したと思えたのだ。
今にも潤を呑み込まんとしていた怪物が窓の外に弾かれたように跳ね飛ばされた。
入ってくる時には窓も壁もすり抜けてきたのに、今度は壁も窓も諸共にグラウンドに向かって怪物は跳ね飛ばされた。
上階で潤が見せた「アレ」がまた起きたのだ。
ヒリヒリする顔の感触に美咲は顔に手をあてる。
「なんだろうこの感覚、覚えがある」
記憶の奥に答えるものが有る。
子供の頃、田舎のおばあちゃんの家で体験したさいず焼きとかいうお正月行事。藁を組んだ塔に火をつけ、神棚に飾っていた前年のお札を焚く。
その際子供たちは細い竹の先に餅やスルメを括りつけ焼いて食べ、無病息災を祈るのだと聞いた。あの時感じた熱の熱さ。
「輻射熱!」
唐突に閃いた単語に、美咲の目の前で左手を掲げる潤の背中が重なる。
潤の左手が放っているのは膨大な熱なのか?
潤が瞬間放った「灼熱」に、霧がいわば水蒸気爆発の如き反応を示したのか。
左手の甲に感じる熱に再び目を向けて潤は思い出す。
竜王バハムートの最大火力は何だったか?