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竜の贖罪  作者: 真行寺尭
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オスとメス

背中に美咲の肉の感触を確かに感じると、躊躇ためらうことなく潤は廊下を疾走する。

疾走する潤の速度たるや尋常ではない。


確かに2本の足で廊下を蹴っているのだが、窓外の景色が消し飛ぶ様な潤の速さ。

人の身で起こせるはずもない衝撃波のせいでもあるまいが、窓ガラスがビリビリと震える。


目の前に飛び込んできた潤の背中に飛びついて、美咲は自分の行動に衝撃を受けていた。


何故飛びついた?

迷いも躊躇もなかった。

まるで、身体がそうするべきだと知っていたようだ。




潤の背中にしがみつきながら、美咲は窓の外、霧の中に居る何かが潤に勝るとも劣らぬ速さで追ってくるのを感じた。


潤が感じたと同じく、霧の向こう、見えない何かの気配を美咲も感じる様になっていたのだ。


自分の中に起きている得体のしれない変化に驚いているのは潤だけではなかった。

ついさっき洋二の最後の姿に腰を抜かした少女がわずかの間に血色を取り戻している。


冷静に観測する者がいれば美咲の変化を激変と評しただろう。


見た目には何も変わるところは無いのに、周りに与える印象がまるで違う。


今しがた背中を向けていたとは言え潤の背後で下半身を晒したからと言う訳でもないだろう。


だが。


まるで脱皮でもしたかの様に、少女の柔らかさの上に女という鱗をまとった様なしたたかさを見せている。


異常な速度で疾走する潤の背中にありながら、美咲は少しも振り落とされる不安を覚えていない。


まるで潤の身体にしがみつく自分の四肢が大蛇の様に感じる。


さしずめアナコンダが人に巻き付いているかのような様相。


人として産まれ生きて来た美咲に、当然大蛇の体感が解るはずも無いのだが、そう感じる物はしょうがない。


僅かの間に廊下を渡り切り、手洗い場と反対側の踊り場に辿り着いた潤は、階段を駆け下りることなく、その場で身をひるがえす。


身体に巻き付く美咲の身体が熱い。


右手を背中の美咲の臀部にあてがい。左手を窓外から向かってくる何者かに向ける。

握りしめた拳は内向き、甲を敵に向けている。


敵が到達するまでの数瞬、美咲は我が身を預けたオスの首筋に己の首を擦りつける。

自分で行動していながら、美咲はおのが行動に戸惑っている。


大して会話したこともなく、目立たない何処にでもいる同級生。そんな認識しか無かった潤を、今美咲はオスとして認識している。


生命の危機に瀕しているというのに雄の身体におのが身を擦りつけ何をしようというのか。

頭が理解出来ぬまま、身体だけが言わずもがなと欲望を撒き散らす。


これではまるでマーキングではないか。


野生動物が自らのテリトリーを他者に主張するために行う匂いつけ行動。

美咲は一体誰に対して、潤が己が物だと主張しているのか。


思考が奔流のように渦巻く中、脳裏に留まる冷静な美咲がどこかで見た文章を蘇らせる。


「種は生命の危機に瀕した時、激しい生殖衝動に駆られる」


海洋生物に大量の卵を産む生物が多いのと同じ理屈だと言う。


子孫を大量に残すことで種としての存続を図ろうと言う遺伝子に刻まれた烙印。


逆らう事を許さない生命の宿命。


既に個としての潤や美咲の心情は置き去りにされているのか。


迫りくる暴虐の予感に怯えながらも、美咲は自分の股間が熱を帯びてくる感覚にも怯えた。


時間にすれば一秒の何億分の一、ナノレベルの間の事かもしれないが、己が身に湧き上がる衝動を受け入れた美咲はするりと潤の背中を滑り降り、階段の手すり部分を構成するコンクリートの壁に背を預け体育座りの姿勢をとると両手で膝を抱えて潤の背中に目を向ける。


ちらりと後ろを振り向いた潤は美咲の様子を確認すると、一瞬後にはもう美咲の事など忘れたかのように背を向ける。

右手で左の手首を掴み差し迫る見えない巨獣に対峙する。


「あたしの雄はどんな戦いを見せてくれるんだろう」

美咲の中で美咲ではない誰かが呟く。

血と汗が飛び散る獣の姿が幻視の様に美咲の脳裏をよぎり、敵をほふったオスが自分に迫る情景に美咲は震えた。

戦いの後、潤はあたしをどうするんだろう。

説明できない恐れと理解出来ない期待が自分の内に湧き、美咲は期待?に打ち震えた。





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