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 二年三組、窓側後ろから二番目の席。

いつものように佐々木響也は頬杖を突きながら窓の外を眺めていた。無造作に伸ばされた黒髪に茶色がかった黒目、よれたワイシャツに百七十センチに届かないほどの身長という見た目の少年は、窓の外に大して面白いものがある訳でもないのに、それでも教師の話を真剣に聞くよりはまだマシなのかぼぅっと考え事をしているように見えた。


「おい、佐々木、佐々木、どこ見てるっ、話はちゃんと聞けっ」

「……すんません」


 しかしそれを気にしない教師もいれば、特に成績がよく勉強ができる訳ではないという響也はやはり一部の教師からは注意されるのだった。

 仕方なさそうに形だけでも学ぶ姿勢をとろうとするのか、教科書とノートを机から取り出そうとした時、響也は少しだけ眉を眉間に寄せ顔を上げた。


「おい、誰だお前?」


 響也が顔を上げた時、正確にはそれよりも少しだけ早く彼女はそこにいた。恐らく机から取り出そうとした時に横に立っている彼女の足が視界に入ったのだろう。そのため響也もすぐに気づけたがいつものように考え事をしながら窓の外を見ていたら気づくのにしばらく経っていたかもしれない。

 そのくらい彼女に存在感というものはなかった。

 少し力を入れただけで折れてしまいそうに見える程細く華奢な体は触れば溶けてしまいそうな白い肌が余計にそう思わせ、透き通るような銀の髪色は短く小柄な顔は黒い瞳を大きく目立たせた。

 そして彼女はゆっくりと間をあけてから口を開いた。


「……随分と、落ち着いていますね? はじめまして、佐々木響也さん」

「いや、だからお前誰だよ」


 響也は強気の口調で答えるが一瞬目を合わせただけですぐに黒板の左上にある時計に目を背けてしまう。

 時計の針は動かない。

 その時計の針が止まっていることが示すように、急に現れた彼女に誰も騒がないことで分かるように、そしてその事実に彼女が落ち着いていると問いかけるように人が、物が、何もかもが止まってしまっていた。 ただその事実にすぐ気づくことができたとしても理解することはなかなか難しかっただろう。

 響也は改めて教室をゆっくりと体ごと動かして確認した後に何かに気づいたかのように溜息を突き窓に背中を預けた。その口元は先程までと違い少しだけ上がっているように見えた。


「私が誰か、ですか。まあ人間ではない何かと考えていただければ……、例えば神、或いは天使、もしくは未来からあなたの為にやってきたアンドロイド等、お好きなようにお考えください」

「はぁ……、やっぱりか」

「やはりとは?」

「いやー? ただこんなありえないような事ができるならそういう答えしかないよなってまぁいいや、それで? じゃあ何のために俺の前に現れた?」

「何の為に、そうですね。あなたの願いを叶える為というのが正しいでしょうか」

「ふーん、……何で?」

「何故か、と聞かれたらあなたの今までの人生での善行を評価してそれに相応しい対価を……」

「それ嘘だろ」

「……」

「俺の記憶に良いことをした記憶とかほぼないし、その程度で願いが一つ叶えられるんだったら世界中の奴がみんな叶えられてるだろ」


 その響也の言葉を聞き今まで表情を崩さなかった彼女が一瞬だけ諦めの表情を見せ、小さく溜息をつくと話し出した。


「仕方ないですね。まず私の話を信じて貰えるかというのもありますが、気分を害する可能性があったので嘘を吐きました」

「焦らすなよ、それで理由は?」

「私の暇つぶしです。相手があなたなのはたまたま、強いて言えば暗く陰気なあなたに目を引かれ、世界中で一番不幸みたいな顔をしているあなたがどんな願いをするのか興味がありました」

「……たまたま、そうかたまたまか。……さっきのよりは本当っぽいし、多分本当なんだ

ろうな、そうか……」


 響也は彼女のその台詞を聞くと考え事をするかのように俯きぼそぼそと呟きだした。その態度からは相手に自分の言葉を聞かせるつもりもないように見えた。


「そうだな……やっぱり、な」

「やはり? 今度は何に対してでしょう?」

「いや、こんなことを声に出してお前に言っても意味がないのかもしれないけれど、俺はお前が現れたとき二つの可能性を考えたんだ。一つは、実際に本当にお前がありえないような存在で現実的じゃないことを起こしているって可能性」

「あぁまぁ、いきなりすべて信じろって言うのも無理な話ですから。それでもう一つの可能性は何でしょう? 夢などでしょうか」

「いやいや、夢はないだろ。寝てる時ならともかく、起きてる時に夢と現実を勘違いするっていうのはありえないだろ」

「……そういうものでしょうか、では一体どんな可能性でしょう?」

「まぁ他の奴は知らねえけど俺はな。実際さっきまでの俺は確実に起きて目がさえた状態だった。それでどんな有り得ないことが起ころうと俺は夢とは思わない。ただ……自分の頭がおかしくなったって考えるだけだ」

「……は?」


 響也のその言葉に今まで落ち着いた様子で話しを聞いていた彼女から思わず間の抜けたような、しかし表情は先程までと変わらず疑問の声だけがこぼれ落ちたような反応が見られた。


「いゃー、何ていうか……余りにも都合が良すぎるなって。俺がいつも、こんなこと起こらないかって考えて妄想してたことが起きるのがさ。それを信じるよりは自分の頭がおかしくなった可能性の方が高いんじゃないかって」

「……つまり目の前に居る私も、その言葉も信用しないと、そういうことですね」

「あぁ、でもまだお前が本物かもしれないって考えてる俺がどこかにいるんだ。こんな時間が止まった世界で俺が女子に何もしないのは、もしお前が本物だったら俺が何かしている時にたまたま来たお前が気まぐれでまた時間を動かしたら最悪っていう理由だしな。だから、頼むからお前が本物だって証明してみせてくれないか?」

「……結論から言いますとそれは不可能です。私がどのような方法を試そうとあなたが感じる全てをこれは現実ではないと切り捨ててしまえばそれまでですから」

「……まぁ、だよな」

「一応私が力を使えば、あなたに強制的に私の存在を認めさせることもできるのですが、しかしそれだと私の暇つぶしの答えが純粋なものではなくなりますし」

「それはそんなに大事なことなのか」


 鼻で笑いながら響也はそう返すがそれに彼女が返事をすることはなく、今までと同じ表情のまま考えているのか考えていないのかわからない顔で、しかし右手を顎にその肘を左手で支えるという格好だけで考え始めたようには見え、そして数秒でそれは終わった。


「そうですね。少し、強引な手を使いますか……」

「強引な手? ……っ!」


響也が聞き返したと同時にその響也自身の目の前、強引な手を使うと言った彼女の右隣に佐々木響也と似ている、少なくとも外見でどちらかを判断するのは難しいレベルの男が現れた。

 違うのは二人の男の表情ぐらいか。


「……随分とそっくりに作ったもんだな?」


 自分の頭がおかしくなったという諦めから来ていた余裕も、流石に自分と全く同じ姿の人物を目の当たりにしてはどこか焦りを感じているように見えた。

 そして彼女は言う。


「これは五分後のあなたです」

「五分後?」

「えぇ」

「それを信じろって?」


 先程までがゆっくりとした会話だっただけにやや早口に感じられるやりとりから、発せられた彼女の一連の言葉から考えると、今現れたこの男は響也に似ているのではなく同じ、ただし五分後の世界から来ているからか若干表情にふてぶてしさが増しているように見えた。

 そしてさらに彼女は続ける。


「えぇ、信じますよ。あなたは、こちらの佐々木響也さんの言葉を聞けば」

「ん、んー。じゃあ俺からは一言だけ。こいつを信じろ。じゃあな」


 わざとらしく咳払いをした後、初めから話す言葉が決められていたかのように短いそのセリフを自信に満ちた、得意げといってもいい顔で五分後の響也は言う。

 それとは対照的な表情で恐る恐るといった感じだろうか。響也がゆっくりと右手を差し出し触れようとした所で次の瞬間にはもうその五分後の響也は消えてしまった。

 二人きりの教室でお互いが何を考えているのか。数秒の静寂がやけに長く感じられる状況で先に口を開いたのは響也だった。


「……なんだろうな。何で、何であいつにはあんな短い言葉しか話をさせなかったんだ? もう少し、例えばこれから起こることとかを会話させてくれたら確実に信じていたかもしれないのに」

「あと三分くらいですか。まだ完全には納得していないようですが余り時間もないので駆け足で説明させて頂くと、これから起こることを聞いたとして私はほぼ大概のことはその通りにできますから余り意味がないのと、一番の問題はその会話をしたとしてあなたがその通りにもう一度同じ会話をしなければいけないことです」

「もう一度? って、あぁなんかよく聞く、パラレルとかタイムパラドックスとか言うやつか」

「えぇ、流石に私もそれを起こされたら面倒くさい、というレベルではなく大変なので。ですから五分後のあなたが一言だけしか話さなかったのはそれが理由かと。まぁ、どちらにしてもあと一分半ほどであなたは信じることになりますよ」

「時間が止まっているこの世界でどうして五分後の俺が呼べるのかなんてのは愚問なんだろうな。理屈はわからないが、お前にとっては恐らくその程度のことなんだろ」

「えぇ全く。どうしてそんなことが気になるのかわかりかねます。世界の時が止まってよと現に今あなたは動いているのに」

「そうか、そりゃあそうだよな。ただ何か釈然としないというか、もやもやとしてな」

「五分後のあなたも同じ気持ちだったのでしょうね。しかしそれでも、五分前の自分を目の当たりにすることによって確信したんだと思いますよ。さあ、そろそろですよ」


 彼女がそれを言い終わると同時に教室は白い光で包まれた。

 そしてその光が収まった時座っていたはずの響也は焦り顔で座っている自分を見下ろす形で立っていた。


「……随分とそっくりに作ったもんだな?」

「これは五分後のあなたです」

「五分後?」

「えぇ」

「それを信じろって?」

「えぇ、信じますよ。あなたは、こちらの佐々木響也さんの言葉を聞けば」


 そして淡々と先程の会話は繰り返される。そして響也も先程のセリフをなぞるように繰り返す……


「あぁ、そういうこと、だったのか。ふっ、ははっ、なるほどなー」


 事はなく、突然何かを理解したかのように笑い出したのだった。


「……これで、過去改変が必要になってしまいました」


 溜息を一つ吐いてからそう重々しく言うが、それに対し響也は全く気にする素振りを見せず呆れた様子で答えてみせた。


「いやいゃ、もういいよ、そういうのは。あぁでも、触れはするのか。さっき触ろうとした時直前で消えたのは、触らせたくなかったからって思ったんだけど、それは違ったみたいだな」

「はぁ、全く何というか、あなたは相当性格が悪いですね」


 犬猫を扱うように自分で座っている自分の頭を撫で回す響也に対して、溜息とともに今までの薄っすらとしたものではなく明らかに呆れている感情が読み取れる表情をした後ジトッとした目つきで言う。


「おいおい、お前だけには言われたくないな。自分で自分を説得させるとか、性格が良い奴はこんな方法は考えつかないだろ」

「……そうですね。まぁ私も流石にそれだけであなたを説得できるとは思ってはいませんでしたが、本当の私の目的は五分後のあなたの言葉をあなた自身に言わせる事にありました」

「へー、そうだったのか。あぁなるほど。つまりあれか、俺がお前のことを多少なりとも疑っていたとしてもあの言葉を俺が復唱した時点で俺はお前のことを信じるしかなくなるのか」

「そうなりますね。そのセリフさえ言わせてしまえばその後多少怪しいと思った所で確認できませんから、まぁ五分後の自分が私を信じると言って、なおかつ自分の口から再びそう言った後に私のことを疑えるとは思えませんが」

「まぁ俺はそこまで考えてお前が噓を吐いてるって気付いた訳じゃないけどな、おっと」


 何の前触れもなく立っていた筈の響也は元の自分の席に先程と同じように窓を背に座っていた。


「は、てことはさっきの光もただの演出だったってことか」

「それで? それに気づいていた訳ではないのに、どうしてあなたは私が嘘を吐いてると気づけたのでしょう?」

「別に大した理由じゃないけどな。五分後の俺はお前を信じろって言っただろ?」

「えぇ」

「俺はずっと何かもやもやとして引っかかっていたんだけど、同じ状況になってやっとわかったよ。俺はお前を信じろとは絶対に言わない。俺がもし実際に五分前の世界に送られたら俺は俺を信じろって言ったはずだからな」

「それだけ、でしょうか?」

「まぁそうだな」

「……私からすれば、今の説明を聞くとやはり初めから信じる気はなかったのだと思ってしまいますね」

「そんなことないさ。俺は今のやりとりのお陰でお前を信じる気になった」

「は?」

「お前は面白い奴だなぁ。隠そうとしている地が隠しきれてないぞ。まぁそれがお前を信じる理由でもあるんだがな」

「それは……どういう事でしょう?」

「……そうだな。何ていうかお前は自称人以外のくせに人間味があるっていうか人っぽすぎるんだよなって」

「それで?」

「いやまぁそんな人間臭い奴が俺の頭の中の存在ってことに違和感を感じるし、加えて言うならもし本当に俺の頭がおかしくなったんだったらそのおかしいということにさえ気づけないだろうなと」

「そうですね。理屈っぽく言っていますが、要は気が変わったと」

「まあ平たく言えばそうなるな」

「全く、面倒くさい……」

「なんだ。知らなかったのか?」

「?」

「人間ってのは面倒くさいもんなんだよ」


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