少女と少女の小さなお話。
日が高くから照らす昼下がり。
私は一人、公園にいた。
公園といっても広い公園では無い。こじんまりとしていて、そこにある遊具はブランコ、滑り台、そして鉄棒だけという、何とも味気ない公園だった。
そんな場所で、ブランコを軽く揺らしながら、私は空を見ていた。
昨日、中学であったことをまた思い出して、ちょっと落ち込む。
はぁ・・・。
真っ青な空にぽつりと残された小さな雲が、風にゆっくりと流されていく。
「おねえちゃん、どうしたの。」
私を現実に連れ戻したのは、そんな声だった。
その幼い声に驚いて、前を見る。
そこに立っていたのは、小さな女の子だった。
見た感じ、まだ小学校にも通っていなさそうな位の背丈だ。
「だいじょうぶ?」
どうやら心配してくれているらしい。
「うん、大丈夫だよ。」
笑って返した。
貴女が心配するようなことじゃないよ。だから、大丈夫。
「ほんとうに?」
「うん。気にしなくていいよ。」
そう言うと、何故かその子は不機嫌な顔になった。
そのまま、滑り台の方へ歩いていった。
うーん、小さい子はよくわからないな。
でも、私を励ましてくれようとしてくれる、やさしい子なんだ。
でも、私はやさしくなれなかったな・・・
ここには居ない、あの人に思いを巡らせる。
段々、気持ちが、沈んでいく。
暗闇に、心が、吸い込まれていく。
ああ、そのまま、落ちていけたら、どんなに楽なのかな・・・
不意に、背中に感触を感じた。
私は言葉にならない声をあげる。
慌てて振り向くと、さっきの女の子が後ろにいた。
「ど、どうしたの。」
少しどもりながらも、女の子に声をかけた。
女の子は、しゃべらない。
少しあたたかな彼女のぬくもりが、小さな手から背中に伝わってくる。
な、なにをしたいの?
私が動揺している間に、女の子は動いた。
「うおうっ。」
急な衝撃に、変な声が出た。
女の子が背中を押したようだ。
ブランコが軽く揺れて、元に戻る。
「何を、うわっ。」
また押される。さっきより大きく揺れた。
「ちょっと、ちょっと、」
また、押された。どんどん大きくなっていく。
私は少し落ち着いて、足で勢いを止める。
私の靴が、甲高い悲鳴をあげる。
ゆっくりと、ブランコの音が無くなっていった。
ああ、驚いた。びっくりさせないでよ。
「大丈夫だから。一人で漕げるって。」
女の子に向かって、諭すように言う。
私が漕がないから、心配したのかな。
「だいじょうぶじゃない。」
何故か女の子はそういった。少し、むっとする。
「だから、一人で漕げるって・・・」
「だいじょうぶじゃない。」
彼女は、変わらない表情で、そう言った。
その顔に、私は何も言えなくなった。
彼女は続ける。
「いっつもみんな、そういうんだよ。おかあさんも、おとうさんも。だいじょうぶって。きにしなくていいって。」
「わたしがこどもだからダメなの?こどもってしんぱいしちゃダメなの?」
「おかあさんも、おとうさんも、おにいちゃんもずるい。かなこせんせいも、えんちょうせんせいも、ブランコにすわってるおねえちゃんも、みんなみーんな、ずるい。」
「わたしだって、しんぱいしたいのに。」
思いを言い切ったのか、口を閉じた。
再び、背中を押される。
ブランコが、少し揺れた。
静かになった公園に、ブランコの音が響き渡る。
そう、だったの。
私は、彼女の思いに包まれた。
そのまま、女の子に漕いでもらって、私は揺れる。
小さな掌から伝わる小さな優しさに、身を委ねた。
「おねえちゃん、すごいでしょ。」
「凄い、凄い。」
隣で大きく揺れる、女の子。
ブランコって半円を描く位の勢いが出せるんだ。
しかも、女の子の話だともっと凄い子もいるそうだ。驚き。
私も、ゆっくり大きく揺れる。
彼女と、すれちがう。離れる。またすれちがう。
なんだかブランコが心を揺らしてる、そんな感じがした。
「ゆうちゃーん。」
名前を呼ぶ声に、私は入口の方を向いた。
そこに立っていたのは、知らない女の人だった。
「おかあさん!」
隣にいた女の子が叫ぶ。
どうやらこの子のおかあさんだったようだ。
「まったく、遅いから心配したのよ。」
「おねえちゃんといっしょだったから。たのしかった!」
元気な声で、答える女の子。
「あら、そうなの?ありがとう。」
きれいな笑顔で、お礼を言われた。
「いえ、こちらこそ。」
「おねえちゃんがさびしそうだったからあそんであげたの!」
ちょっと。
「まったく。ごめんなさいね。」
「いえいえ、大じょ―――気になさらず。」
私は、笑って返した。
「じゃ、色々ありがとね。」
「おねえちゃん、ちゃんとわらえるようになってよかったね!」
「こら。また失礼なこと言って。」
「いや、ありがとう、ゆうちゃん。」
二人と別れた後、空を見上げた。
昨日のことは、昨日のこと。
もう、私は笑える。
もう一度、心の中で彼女に言った。
ありがとう。貴女のおかげで、私は笑顔になれるよ。
橙色がかかった空には、雲ひとつ無かった。