アリムの村で
初日にゴブリンライダーの襲撃を受けて以降は、旅はさしたるトラブルもなく、順調に進んだ。
アズの手当てが良かったのか、初日の怪我は大したことなく、だいぶ痛みもなくなっていた。
バータルはかなり旅に慣れているようであり、作ってくれたスープは絶品であった。乾燥させた肉やキノコ、それに野草くらいしか入っていないはずなのだが、どうしてあんなに美味しく作れるのだろうか。
作り方を教えてもらい作ってみたが、あの味は再現できなかった、
この旅の中で、まだ数日しか経っていないが、バータルやアズことをかなり知ることができた。
バータルは元々、アルタン王国の王都で生まれ、準貴族のような身分の家庭で育ったらしい。準貴族とは、騎士の中でも戦功を挙げ、勲章を賜ったものだけがなることができる。その名のとおり、貴族に準ずる身分である。バータルは指揮官候補として順調に出世していたが、上司のやり方に反発し、自ら軍を抜け、今では冒険者として自由奔放に暮らしているそうだ。家督の方は長兄が継いでいるから問題ないそうだ。
アズはツェツェグの町で生まれた武器屋の一人娘。幼い頃に母親を亡くし、男手一つで育てられた。物心つく前から武器を身近な存在として過ごしてきたからか、自らの手で作りたくなり、十五歳の時に王都の鍛冶屋に弟子入りしたそうだ。その行動力には頭が下がる。
その後、すぐに頭角を現し、今では戦いに身を置く者たちの界隈では、新進気鋭の鍛冶師としてちょっと知られた存在なのだとか。
様々な話をするうちに、次第にアズとも敬語で話さなくても良いくらい、信頼を深めていた。我ながら単純なものだな。
「見えたぞ。アリムの村だ。これで一息つけるな。」
バータルは安堵の表情を浮かべ、前方を示した。心なしか疲労の色が見てとれた。この旅で聞いたバータルの過去の戦いと比べると、なんてことのない行程だったはずだが。俺が気がつかなかっただけで、初日の戦いで傷を負っていたのだろうか。バータルの態度に少々疑問を覚えながらも、本当に問題があれば本人から申し出るだろうと考え、口にはしなかった。
アズもバータルから醸し出る違和感に気づいたのか、どこか心配そうな様子だ。しかし、不安を見せまいと、気丈に俺たちを気遣かってくれた。
「バータル、マツリ、お疲れ様です。ここまで無事に来れたも貴方達のおかげよ。ありがとうございます。今日はゆっくり休んでくださいね。私も早く宿で汗を流したいわ。あっ、二人ともソワソワしないでね。」
アズは冗談ぽくウインクしながら言った。俺はその言葉を聞き、ついついその光景を想像してしまった…いかんいかん、アズは大切な依頼主だ。変なこと考えていたら、この後の仕事に支障をきたしてしまうかもしれない。
「何を言うんだアズよ!俺もバータルも紳士オブ紳士!そんな心配万に一つも有りはしないよ。」
「動揺しすぎだぞ兄弟。紳士オブ紳士ってどういうことだ?…アズ、兄弟のことは俺が見張っておくから安心しな。」
アズは俺たちのやりとりを楽しげに見ていた。バータルの普段の雰囲気に戻っているように見える。杞憂だったかな…そんなことを考えながら宿に向かった。
野営の間はバータルと交替で見張りを行なっていたため、なかなかぐっすり眠ることはできなかった。
今日は思う存分体を休めるぞ。宿に向かう俺の足取りは軽かった。