遭遇戦
バータル曰く、ツェツェグの町から王都までは徒歩で十日ほどかかるらしい。途中でアリムという村に立ち寄り物資の補給をする予定とのことだ。
バータルは余裕を持って一週間分の食料や水などを用意してくれていた。見かけと違ってソツのない男だ。
俺の仕事は主に荷物運びだ。アリムの村にたどり着くまでは、野営をしなければならないため、テントや鍋なども荷物に含まれている。正直、三人分の荷物に加え、斧も持っているため、かなり重い。
しかし、初めての仕事な上、美人が隣にいる手前、強がることにした。
「兄弟、道のりは長いんだ、あんまり張り切り過ぎるなよ。いざという時に動けないんじゃあ、元も子もないからな。」
「大丈夫だよ、バータル。このくらいすぐに慣れるさ。今日は薪割りをしないんだから、良いトレーニングになるってものさ。」
そう言うと、バータルはそれ以上追求してこなかった。
アズはうふふと微笑んでいる。
「マツリさん、頼りにしていますよ。でも、無理はなさらないでくださいね。
ところでその服はどちらで作られたのですか?王都でも見かけたことがありませんが。」
ほんの世間話といった感じで聞いてきたので、俺も簡単にこの世界についてから今までの経緯を話し、それ以外は記憶が曖昧であることを伝えた。
「そうなのですか。王都にいけば何か記憶の手がかりになるものがあるかもしれません。私でお手伝いできることがあれば言ってくださいね。」
俺はありがとうと礼を言った。バータルといい、アズといい、この世界で出会った人々は良い人ばかりだ。現実世界よりもこの世界の方が良い世界なのではないかとさえ思い始めていた。
そんなことを思った矢先、バータルが俺たちの前に手をかざした。
「止まれ。来るぞ、魔物だ。数は一、二…五匹はいるか。」
前方数十メートル先から何かが迫ってきた。
「あれは何だ?」
「ゴブリンライダーだな。ゴブリンっていう小さな人型の魔物が狼に乗っている。それぞれ単体だとそんなに強くないが、セットで集団だとなかなかのもんだ。初陣にはちょいとキツイかもしれないな…兄弟、アズの警護を頼んだぜ。」
そう言い放つと、バータルは魔物たちに向かって駆け出した。
先頭を走っていたゴブリンライダーが飛び上がり、バータルに向けて小ぶりなナイフを振り下ろした。
ガシャ!
ゴブリンが振り下ろしたナイフをバータルは軽々と左手の手甲のみで受け流す。そのまま、素手でゴブリンを殴り倒した。
「これ以上やるようなら、命はないぞ!食料目当てならば、さっさと引け!」
バータルはゴブリンライダーたちに向けてそう言い放った。一瞬、ゴブリンライダーたちは怯んだかのように見えた…が、五体ともバータルに向けて突っ込んできた。
バータルは落胆した表情を浮かべながら、斧を横に薙ぎ払った。一払いで四体のゴブリンライダーが絶命する。先ほど殴られて怪我をしたゴブリンライダーのみ、飛び出すタイミングが遅れたため生き残った。一矢報いようと、そのゴブリンライダーの狼がバータルに噛み付いた。
だが、その牙はバータルには届かなかった。バータルの上段からの一振りにより、ゴブリンと狼諸共にその生命の灯火は消え去った。
「こちらの威嚇にも恐れず襲いかかって来るとは…そうとう飢えていたのか…それとも何か別に狙いがあるのか?」
バータルはマツリたちの下に戻ろうと、振り返りながらブツブツと呟いた。元来、ゴブリン種は自分たちの縄張りに入らない限り襲って来ない。稀に、仲間からはぐれたゴブリンが縄張りを求めて人と遭遇し、戦いになる程度である。そして、その場合であっても、勝ち目がないと分かれば逃げるものなのだが…。
「バータル!後ろ!!」
不自然な状況に考えこんでいたバータルに対して、敵の第二陣が襲いかかってきた。その数、十数体。
俺の声に反応するや否や、バータルは斧を振り払い、素早く相手を切り倒した。
バータルと相手の力量には歴然の差がある。しかし、数の力は侮れない。一体がバータルを抜けて、俺たちに迫ってきた。
俺は斧を両手で構え、前に進み出た。
「アズさん、お下がりください。私がやります。」
アズは鞘から剣を抜き払いながらも、頷き、一歩下がった。
俺は格好つけたはいいが、初めての戦いに少し足がすくんでいた。迫り来る敵の殺気、きっとこれが殺気なのだろうと思うものを感じ、相手の踏み込みに対して反応が遅れた。
ゴブリンが振り下ろしたナイフは何とか斧で防いだ、しかし、続けて狼が右足に噛み付く。
ガブリッ!
咄嗟に足を引いたが、間に合わなかった。
ウォーと叫びながら、斧を押し出し、何とかゴブリンライダーを引き剥がす。
いきなり手痛い怪我を負ってしまった。幸いなことに興奮状態にあるのか、まだ体は動きそうだ。足の傷口は意識して見ないようにした。見てしまったら、怖気付いて、戦意がなくなってしまうかもしれない。
痛みがちょうどいいアクセントになったのか、俺はバータルからの教えを思い出した。斧戦士の最大の武器は上段からの振り下ろし…毎日の薪割りで体に染み込んだその一撃を撃ち込むべく、振りかぶった。
肝心なのはタイミングだ、早すぎても避けらる、遅すぎたらこちらが切られる。
ゴブリンライダーは一段と高く飛び掛った。こちらが振り下ろす以上、上から攻撃するのは賢い選択だ。ゴブリンはニヤリと笑い、ナイフを煌めかせた。
「その笑いは勝負がついてからするんだったな。」
更に上に俺は飛び上がり、ゴブリンライダーに向けて斧を振り下ろした。ゴブリンライダーは虚を突かれたような顔をし、絶命した。
足を怪我した敵が自分たちよりも高く飛び上がるとは思っていなかったのだろう。
この一ヶ月でスーツの力を引き出した俺は、身体能力を格段に向上させていたのだ。それこそ現実世界では考えられないほどに。
周りの様子を確認したところ、これ以上敵はいなさそうだ。バータルも全ての敵を倒しこちらに戻ってきた。
「痛っ!」
俺は戦いが終わった安堵感からか、興奮状態が解け、痛みが襲いかかってきた。
「大丈夫ですか?傷を見せてください。」
アズがテキパキと傷の手当てをしてくれた。傷は痛いがその心遣いだけで、痛みが引いたかのようだった。
「アズ、兄弟、すまない。一匹そっちにやってしまった。しかし、兄弟、初陣見事だったな。その調子なら『必殺』の一振りを身につけるのもそんなに遠くはないかもな。」
バータルは何だか嬉しそうだ。ひょっとしたら、俺を鍛えるために、わざとゴブリンライダーを一体こっちに逃がしたのかもしれない。
意外と喰えない男だからなあいつは。
「ここは危険だ。もう少し進んで安全な場所を確保したら、今日は休むとしよう。そこまで歩けるな。」
バータルの指示を聞きながら、荷物を持ち上げ、歩き出した。痛みはまだある。しかし、達成感が俺の胸の内を占めていた。