まずは薪割りから始めよ
「これが本当に修行なのか?」
俺は炎天下の中、ひたすら薪を割り続けていた。バータル曰く、何事もまずは基本のフォームが大切、ここにある薪を全部割った頃には基礎が完成するだろう…とのことだった。
しかしながら、スーツで薪割りとはシュールな絵柄だ。幸い、ここの住人はスーツのことを知らないため、シュールだとは捉えられてはいないと思うが。
そもそも、服装以前に、薪割り用の小さめの斧ではなく、戦闘用のバトルアックスで薪割りをしている時点で、あまりお近づきになりたくない人種に見られているであろう。
山のように積まれている薪を見ながら、ほとんど減っていないことにげんなりする。かれこれ数時間は割っているので、だいぶコツを掴めてきた。最小限の振りかぶりで、確実に中心を捉え、真っ二つになるまで振り抜く。
言ってしまえばこれだけのことなのだが、当初はなかなか中心を捉えられなかったり、振りかぶりすぎて余計な力が入ったりと散々であった。
スーツのおかげか、体はまだなんとか動く。だが、心は自前のものであるため、徐々に心が折れ始めてきた。社会人として精神力を鍛えてきたつもりだったが…終わりのない肉体労働とはこれほどつらいものとは。もしも、現実世界に戻れたら、それらの職についている人をもっとリスペクトしようと心に誓った。
そんなこんな考えているうちに、ようやくバータルが戻ってきた。バータルは空き地に着くと、俺に薪割りをするように厳命し、一人でどこかに行ってしまっていたのだ。
「結構割れてるじゃねえか。感心感心。どれ、薪割りを見せてみろ。」
バータルが戻ってきたら休めるかもと思っていたので、内心少々ガッカリしていたが、教えを請う身として、気合を入れ直し、この数時間で掴んだコツを思い浮かべながら薪を割った。
ザンッ!
「なかなかいい振りをしてるな。その調子でやっていれば実戦でもものになりそうだ。斧で戦う者とって、最大の武器はすべての力を使った上段から振り下ろしだ。これは極めれば鎧や盾でも防ぐことはできない。文字どおり『必殺』だ。横薙ぎ、斜め薙ぎ、柄の部分で突くとか、他にも色々な戦い方があるとは思うが、斧戦士たる者、『必殺』の一撃は持っておかなければいけない。これがあるか無いかで相手の警戒度が全然違うからな。相手を警戒させることで、こっちが動きやすくなる。詳しくはそのうち教えるけど、今の話は忘れるんじゃねえぞ。」
バータルの真剣な表情に、俺は思わず息を飲んでしまった。ガタイは良いが気の良い兄ちゃんくらいに思っていたが、今見せた顔は歴戦の戦士のそれであった。俺は思わず、バータルに『必殺』を見せて欲しいと懇願してしまった。
バータルはニヤリと笑い、背に背負った斧を振り上げた。
「うおおおぉー!!」
バータルは雄叫びをあげるやいなや、俺の目にギリギリ映るかどうかぐらいの早業で斧を振り下ろした。
ドギャギギャー!
今まで聞いたことがない、ありえないような音がなり、あたりは土煙に覆われた。
煙を払うと、まるで爆散したかのように、薪どころか、薪を置く土台ごと真っ二つに割れていた。いや、土台どころではない。その下の地面にも深い溝ができていた。その溝の深さは目視では確認できないほどであった。
俺は驚きのあまりただ瞬きすることしかできなかった。
「まあ、ざっとこんなもんだ。兄弟にもこれくらいはできるようになってもらわなきゃな。あっ、言い忘れてたが、今日割った薪は酒場のマスターに届けに行くぞ。宿をやすくしてもらう条件が力仕事を手伝うことだったんでな。」
俺はあまりの出来事に頭が働いていなかったが、バータルの言葉を反芻すると、修行と称してただいいように使われてるだけではないかとも思ったが…野暮なことだと思い、考えるのをやめた。
「バータル、お腹が空いたからご飯が食べたいよ。酒場のご飯は美味しいのか?」
「おう、ここのマスターの料理は絶品さ。部屋も割と快適だし、風呂もある。ゆっくり休んで、また明日ビシバシ鍛えてやるからな。」
「それは怖いな、お手柔らかに頼むよ。」
俺はバータルとワイワイと何気ない会話をしながら、食事に風呂にベッドがどんなものか夢を膨らませつつ、酒場に歩いて行った。
この世界に来て1日目。案外悪くないかな、そう思っている自分がいた。