斧との出会い
気のいい男、バータルは記憶が曖昧な俺を不憫に思ったのか、この世界の様々なことを話してくれた。
どうやらこの世界は、主にこのトゥグルグ大陸ではという話だが、現在戦争の真っ只中らしい。アルタン王国は辺境の小国であり、大きなところで言うと、北にはムング王国、東にはアリム帝国、南にはブフ自由連盟、中央には最大の国であるジャルガル盟主国があるらしい。
他にもいくつか小さな国はあるらしいが、全ては覚えられないので割愛させてもらう。
アルタン王国は北のムング王国から侵攻を受けており、なかなか苦しい状況だとか。
また、この世界の通貨は金貨、銀貨、銅貨が通用しているらしい。バータルの見えないところで支給されたらしいお金を確認しようと心に誓った。現実の通貨で支給されていなければいいんだが…。
さらに男はこの世界では、そこかしこで魔物が出現し、それを倒すことを生業としているものが多く存在することを教えてくれた。近隣の安全を守るための魔物の駆除、旅の際の用心棒、魔物から取れる資源の売買などにより生活が可能だそうだ。ただし、それなりに戦う技量は必要だが、と注釈はついた。
今いる酒場もそういった冒険者が集う場所らしい。どうりで屈強な男ばかりがいるわけだ。
俺はバータルに思い切ってこう告げた。
「バータルさん、出会ったばかりの貴方にこんなことを頼むのは図々しいということを承知でお願いします。私がこの世界で生き抜くために魔物の倒し方を教えていただけませんか。どうしても強くなりたいのです。」
どうみても戦うようには見えないものから言われたからから、バータルは少し戸惑っているように見えたが、笑顔で快諾してくれた。
「これもなんかの縁だ。世話してやるよ。ただし、一つ条件がある。その変な喋り方はやめてくれ。俺たちはもう友達だろう、マツリ。」
「ああ、分かった。よろしくな、バータル。」
俺たちは笑顔で握手を交わした。
「早速だが、お前は獲物は何を使うんだ?」
獲物と言われても、武器など使ったことがあるわけがない。そのため、つい癖で相手に合わせるようにいってしまった。
「あまり武器には詳しくないから、バータルと同じものがいいかな。」
その言葉を聞くとバータルは目を爛々と輝かせた。
「やっぱり、男たるもの獲物は斧だよな。さすがは兄弟、分かってるな。今は持ってないみたいだし、この酒場の二階が宿になってるから、宿をとったら、早速武器屋に行くぞ。おーい、マスター…」
バータルは俺を置いてあっという間に酒場のマスターのところまで行ってしまった。
その間に手持ちの確認を行うことにした。
手元にあるものは、ハガキ、目薬、金貨が数枚…以上。本当にこれだけしかなかった。
しかし、先ほどの話であれば、金貨数枚もあればしばらくの暮らしは問題ない…はず。
バータルの俺への呼称が兄弟に変わっていることに関しては…気にしてもしょうがないか。
そんなことを考えているうちに、あっという間にバータルが戻ってきた。
「よし、兄弟。斧を求めに、いざ武器屋!」
バータルはそう言うとともに、俺の腕を引っ張り歩き出した。俺は半ば引きずられるような形で、ただついていくしかなかった。
武器屋には数分もしないうちに到着した。店内には剣、槍、弓、棍棒など、様々な品物が並んでいた。
当然ながら、俺は武器屋などに来るのは初めてなため、緊張半分、興奮半分、少しハイになっているような気分に陥っていた。
武器屋の店主はRPGに出てくるような如何にもな風貌の男であった。
「いらっしゃい。旦那、何をお探しだい?」
店主がバータルに声をかける。
「後ろの兄弟に丁度いい斧を見繕ってくれないか?」
バータルは親指で後ろにいる俺をくいくいと指差すジェスチャーをしながら、そう答えた。
店主は俺の顔、体を舐めるように見た後、軽く息を吐きながらこう告げた。
「兄ちゃん、あんた斧なんて持てるのかい?見た感じあまり力もなさそうだが…店で取り扱ってる商品の中で一番小さい手斧とかなら何とかいけるか?」
もちろん持てません!…言いたいところだったが、変なところでプライドが刺激され、店主の後ろに飾ってある、これぞバトルアックスと思われる斧を指差した。
「店主さん、私はあの斧を購入したいです。おいくらですか?」
「おいおい、兄ちゃん、あれは無理だよ。あんたの背丈くらいあるんだぞ。しかも、あれはうちの店の斧では一番の品だ。そんなに気楽に買えるものではないぞ。」
俺は首を振り、金貨を1枚提示した。バータルは隣でピューと口笛を吹いている。
「ご心配には及びません。お代はこれで足りますか。足りるならば、斧をいただきます。」
店主は金貨が本物か慎重に確かめながら、俺をカウンターの中に入れてくれた。
俺は飾られている斧の前に立ち、両手でしっかりと柄を握った。ここまできて、少し冷静になったのか、あれだけ啖呵を切っておきなが持ち上がらなかったらどうしようかと自問自答し始めていた。今日は体調が悪いなどと言えば誤魔化せるだろうか…しかし、バータルや店主の視線に耐えきれなくなり、意を決して斧を持ち上げた。
斧は拍子抜けするほどあっさり持ち上がった。普段の俺であれば決して持ち上がらないだろうサイズの斧を軽々と持ち上げることができたことに、我がことながら感激してしまった。同時にこのスーツは一体どうなってるんだ、どのくらいのことができるのか更に気になってしまった。
俺はせっかくなので、軽く素振りをし、わかってる風にうんうんと頷き、店主に礼を言って店を出ることにした。
店から出るやいなや、バータルは俺の肩をだ組んだ。
「兄弟、見る目がある。俺も店に入ってすぐにその斧を狙ってたぜ。間違いなく業物だな。それに、その斧を軽々持ち上げる怪力…さすがは俺の見込んだ男だ。だが、斧の扱いは素人みたいだな。振り方を見れば一目瞭然だ。俺が教えてやるからついて来い。」
またもやバータルは強引に俺をエスコートするかのように、少し離れた空き地に連れて行った。
そして、俺の斧の戦士としての修行が始まった。