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祖母の教え

作者: 森上 木一

―孫


「世の中にはね、悪い人なんかいないんだよ」

 私がまだ幼くて、祖母がまだ生きているとき、よく祖母は私にそう言っていた。何度も何度も繰り返し、擦り込むように、諭すように、慰めるように。

 だから私はそんな祖母の言葉をいつだって忘れることは無かった。それは今までの私にとって“絶対”であり、私を縛り付ける縄であった。

 そう、今までは。

 今私の前には男が倒れており、その目は生者の持つものとは遠く離れている。私が死なせたのだ。

 男は人通りの無いこの道で、暗がりから急に現れ襲い掛かって来た。不意を突かれた私は、そのまま倒された。男は私の肩を押さえ込み、血走った目で私を舐め回した。犯される、と恐怖を感じ尚もがく。

 それからは断片的にしか思い出せない。

 右手に石が触れたのでそれを掴み思い切り男の顔面を殴った。男が一瞬怯んだ隙に、男の体を思い切り押しのけた。

 どれくらい時間が経ったかわからない。叫び声も上げず男は事切れていた。後頭部を路肩の石にぶつけたらしく、血が溜まっている。

 私は茫然と立ち尽くしていた。俗に言う正当防衛だった。だが、私の心情はたった今悪人に成り下がってしまったという焦燥のみが占めていた。そして瞬間祖母の言葉を思い出していた。

 「世の中にはね、悪い人なんかいないんだよ」

 それは呪いのようだった。私は、存在してはいけなのだと思った。あの祖母の言葉を毎日のように聞き、飲み込み、脳に刻み込んでいた私にとって、殺人は―悪いことは、人にあらずだった。たとえどんな理由があろうと…

 死のう。

 止まる気持ちは無かった。私を締め付けていた縄は、今やその締めの強さを増し、私を引き始めた。歩いている間祖母の声が呪詛のように響く。

 ―だめだ、だめだ。早く楽になろう。優しかったはずの祖母が残したこの一点の闇を、早く清算しよう。

 そして、私は夜間移動をする大型トラックの前へ、跳んだ。



―祖母


「世の中にはね、悪い人なんかいないんだよ」

 私は孫にそう言い続けた。孫の無事だけを案じ。時に囁くように、いつかそれが彼女の慰めになるように。

 ある日夢を見た。孫娘と昼寝をしているときだ。その夢はやけに鮮明で、うつつを写しているようだった。

 今隣で寝ている孫娘が、大人になり、暴漢に襲われ、不本意ながらもその男を死なせてしまう、という夢だった。

 私はしばしば夢で未来を視る。間違いなく今の夢は孫娘の未来を暗示していると思った。

 だからその日から私は孫娘に、例の文句を言い続けた。それは、未来の彼女が、男を殺した後何かを考え込み、その後自ら命を絶ったのを見たからだ。それだけは防ぎたかった。

 だから私は、くだんの台詞を言い続けた。それを彼女が決して忘れないように。将来本当にそんな場面に彼女がぶつかってしまった時、自殺なんて道を選ばないために。

「たとえどんな罪を犯しても、その訳を推し量れば、決して真に悪い人なんていないんだよ」という意味を込めて。


 読んでいただいた方、ありがとうございました。

 不意に思い付いた作品です。ホラーを意識したのですが、気色は薄かったかもしれないです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 文章自体は少し読み辛い部分もありましたが、私の好きな種類のホラーで楽しめました。こんな内容のホラー短編集があったら、ぜひ買いたいです。敢えて難を言えば、もう少し描写が長ければもっと内容が解り…
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