後輩、時々、幼馴染
バレンタインデーコラボ企画。
女性視点は詩野紫苑様の所にあります。
幼馴染とは皮肉なもので、お互い近すぎて見えなくて、壊したくない、心地よいこの関係……
時に妹のように、時に母のように、時にクラスメイトのように、時に彼女のように姿を変えていく。
たった一言でいい。
好きだ。と言えたら、どれだけ楽になれるだろうか。
オレは、幼少期から心の中に言えない塊を抱え込んでいる。
そして心の中で反芻する。
詩野紫織ーー。
オレは、お前が好きだ。
高校三年になると、後はセンター受験に向けてのスケジュールで埋まっており、オレは受験の為に小学校の頃から続けていたサッカーを引退した。
自慢じゃあないが、オレの当時のポジションはMF。サッカーが大好きであれば誰しも憧れるポジションだ。
先輩から引き継ぎ、司令塔として三年間、活躍していた方だと思う。
オレがサッカーを引退する高校生最後の大会。
相手は、全国大会常連の強豪校。やはり全国大会の常連高なだけあり、試合展開が前半から相手リードで、準決勝はPK戦までもつれた。
しかもこんな時に限って、足の調子が悪い。
スコアは相手リードの2対3。ここでオレが決めないと。
ちらりと視線をベンチの方へ向けると、マネージャーでもある紫織がタオルを握りしめてオレを真っ直ぐ射抜いていた。
オレは、このゴールを決めたら……お前に。
右上……いけるっ!
フェイントをかけて蹴り上げたボールは、あと3センチの所でゴールポストの上に無情にも当たった。
同時に沸き起こる敵チーム応援団達の大歓声と、試合終了のホイッスル。
がくりと膝をつくチームメイト達。
オレは、止まらない涙を乱暴に拭い、この試合で引退となる三年生の仲間に背中を支えられてグラウンドを後にした。
最悪の結末。
みんなの期待に応えてやれなかった。
何より、紫織を……決勝に連れて行きたかった。
オレは、幼馴染としての紫織と決別する為にあのボールを蹴ったのに、あれが届かなかったということは、オレはまだ紫織に相応しくない男なのだろう。
サッカーをやめた後は、オレはひたすら勉強に打ち込んだ。この想いを断ち切るには、オレが紫織から離れるしかない。
紫織は見た目はボーイッシュだし、女っ気なんてゼロに等しい。周りの高校生はスカートを短くしたり、そりゃあ多少スケるえっちな下着の話をしたり、化粧に余念がない。
一方の紫織は、雅な名前の割に全く化粧はしない、スカートの丈も今時珍しい膝丈だ。
彼女は女子サッカー部に居たせいか、上下関係には厳しいものの、後輩の悩みを聞いたり、意外とモテる。
今はサッカー部のマネージャーとして、チームメイトの背中を支えてくれていたが、オレが居なくなったらきっと誰かが紫織に告白するだろう。
みんな気を使っていたのだ。オレと紫織が幼馴染で、いつも傍にいる関係だからこそ、なかなか二人に介入してくるやつはいない。
オレは、K大理工学部に入ったら、紫織との関係は終わる。
それでいい。オレがあの時、決められなかったボールと同じように、今のオレが紫織に告白しても、間違いなく玉砕するだろう。
別に振られるのが怖い訳ではない。寧ろそんな事よりも、18年積み上げて来た2人の関係性が壊れる事の方が怖いのだ。
紫織を彼女にするか、それとも幼馴染という生ぬるい関係性までも壊してしまったら、オレに何が残るのだろう。
一月のセンター試験。
紫織は、オレに頑張ってね、と少し寂しそうな笑顔を向けて、手作りのお守りをくれた。
あいつはいつもオレの夢を応援してくれていた。ロボット技術をもっと発達させて、手足の不自由な方やお年寄りの手足に出来ないかと。
田舎で燻っているくらいならば、都会の大手大学で、設備も全て整っている方がいいに決まっている。幸い、全寮制の大学なので、オレみたいな田舎者が借家や面倒な手続きが一切不用なのも魅力の一つだと思う。
結果、K大にストレートで合格した。
オレは紫織に受かった事をメールした後でふと寂しくなった。これで、オレと紫織の残された時間は僅か。
三月の卒業式を迎えたら、オレは東京へ行く。紫織は多分弟がいるから地元に残るだろう。
幼馴染としての心地よい関係が終焉に近づいている。心が割れそうなくらい苦しくなる。だったら、オレはーー
人生の主役は、いつだって自分自身
だからあなたも、自分の可能性、全て信じて、トライしてみようよ
有線のラジオから、minaの歌が聞こえてくる。紫織が大好きなアーティストで、ちっちゃくて……くるくるよく動く、まるで紫織みたいな人だった。
オレはあまり女性アーティストは好みでは無いのだが、minaだけは応援していた。それは、紫織みたいに真っ直ぐで、一途で、優しさと、言葉の強さを持っている。
そうだ、自分の可能性を信じるんだ。
2月14日、世間はバレンタインデーというやつだ。オレは申し訳ない事に、顔も名前も知らない奴からありとあらゆる場所にチョコレートを突っ込まれるので、正直この日は嫌いだった。
それに、見返り女子というものも面倒くさい。ご丁寧に手紙まで入れられても、オレの気持ちはたった一人から変わらないと言うのに。
ウンザリしたため息をついていると、丁度帰る時間に紫織と鉢合わせた。オレの両手にはチョコレートの山。そう言えば、毎年紫織もチョコレートをくれるのに、今年は無しか。
まぁ、紫織もきっと本命にチョコレートをあげる気持ちになったのだろう。
……ちっ……見た事もねぇけど、紫織の心を掴んだたった一人の男を殴りてぇ。
「紫織、お前今帰り?」
「う、うんっ……恭ちゃんも?」
今日はサッカー部もお休みなのだろう。彼女は少しソワソワしていたが、オレといつものように他愛ない話をして帰路を辿った。
結局、紫織からチョコレートは貰えないまま家に着いてしまった。別にチョコレートが欲しい訳じゃない。ただ、紫織が誰にやるのか気になっただけだ。
あぁ、くそっ……苛々する。
気分を変えるためにテレビをつけると、紫織から呼び出しメールがきた。
オレは急用かと思い、すぐ行くと返事をして携帯を閉じた。
昔、紫織と良く遊んでいた懐かしい公園で、彼女は制服姿にコートを羽織っただけの姿で立っていた。
薄く紅をつけているのか、いつもより可愛く見える。紫織は元が可愛いから、他の女みたいに化粧なんてしなくても可愛い。オレはいつまでも自然体な紫織が好きなんだ。
「……紫織?」
「え、っと……」
紫織は少しもごもごした後、顔を真っ赤にさせてピンク色の袋をオレに手渡してきた。
「恭ちゃん……ずっと前から、好きでした。もう遅いかもしれないけど……私とお付き合いしてください!」
その言葉を理解するのに、オレは10秒くらいフリーズしていた。
今、紫織は何て言った? オレの事が、好き……?
「ごめんな……」
オレは自分から紫織に告白するつもりで、何度も何度も練習してきたのに、何で好きな子に先に言わせているんだ。
自分の不甲斐なさを詫びた瞬間、紫織は何を勘違いしたのか、突然踵を返した。
紫織を、もう離さない。
オレは紫織を背後から抱きしめ、石鹸の匂いがする首筋に顔を埋める。
「紫織、ごめんな。お前から言わせて……」
紫織が少しだけ身を硬ばらせるのがわかる。
それでもオレは、さらに紫織をきつく抱きしめた。
「本当は、ずっとずっと好きだった。もちろん、一人の女の子として」
「恭ちゃんには、もっと可愛い子がお似合……」
「違う! オレが好きなのはこの世でただ一人、紫織だけだ!」
この世って言ったら少しオーバーだったかも知れない。でも、それくらい紫織を好きな気持ちに偽りなんて無い。
届け、オレの想い。
お前が大好きなminaに後押しされたオレのひとかけらの勇気。
お前に玉砕されて、東京に行くかも知れないオレの男気を見届けろ。
すると、紫織はくすりと泣き笑いをしながら、実はオレと同じ事を考えていた事を明かした。
紫織も、オレと四月から離れてしまう事を不安に感じ、玉砕覚悟で告白してきたと言うのだ。
オレ達は、幼馴染で、友達で、妹で。
そして
今日から恋人同士になった。
minaちゃんは、詩野紫苑様の『歌姫と銀行員』のヒロインです。
これは【ノンフィクション】という詩野様作詞の詩です.。゜+.(・∀・)゜+.゜