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ランプの街から真珠の海へ

 十年以上前に書いた作品の書き直しです。前に書いたやつはもっとしっとりした話だったけど、元気な話になりそうになりました。

 起きて、と言われて目覚めると、ローズはとっくに支度を済ませていた。全身を青で統一し、夏の海の色のズボンと、ルリカケスの色のレースのジャケットを羽織っている。唇だけはしっかりと赤葡萄の色に染め上げ、さあ、行くわよ、と言う。

「行くわよって、どこへ?」

 ぼくは天蓋つきベッドの中で、半分まどろみながら訊いた。すると、彼女は呆れ返ったような顔で、ぼくのほうへ、ずい、と身を乗り出した。

「真珠の海に決まってるじゃない。昨日の夕方、二人で決めたでしょ」

 彼女の髪は口紅と同じ赤葡萄の色で、そのカールした前髪が震えるような弾み方をした。きっと彼女の勢いに呑まれて怯えているのだろう、可哀想に、とぼくは寝ぼけたまま考えた。彼女の大きな赤と緑の互い違いの目は、ぎろりとぼくをにらみつけている。

 しばらく考えていると、頭の中でじゃらじゃらと玉が転がる音が響き渡った。それでようやく思い出した。真珠の音を聞きたいね、とぼくが言ったのだった。それを聞いた彼女がいいわね、と同意し、勢いよく「なら夜中に行きましょう」と提案したのだ。夜中なら、歩いて行っても真珠の海の夜明けに間に合うからと。彼女はいつもせっかちだ。

 今起きてみると、すぐに真珠の音を聞かなくていいような気になってきた。今すぐベッドの中で目を閉じ、夢の中へ潜るほうがよほど有意義な気分だ。明日にしない? と言うと、ローズはかっと目を見開き、すさまじい勢いでぼくに突進してシーツを引っ張り、ぼくをベッドから引きずり落とした。

「あなたの悪い癖! 目先の気持ちよさを優先して、一生大きな感動を得ないまま生きていくつもりなんだわ!」

 ぼくは打ったひざと肩を撫でながら、ようやく目が覚めた気分になった。そうだった。ぼくは昨日本を読んでいたのだ。この島の観光ガイドブックを。地元のことなんて知り尽くした気分になっていて、聞いただけで、あるいは子供のころに行っただけで知った気になっていることにようやく気づいたぼくは、三歳のころに家族で行って楽しかった真珠の海を、もう一度見なければという気になったのだ。真珠の海は、音がとても心地よくて、じゃらじゃらと真珠が波打つ音のために、懐かしい気分になったものだ。

 行こう、と思った。真珠の海を目指し、島を突っ切ろう。

 ローズはぶつくさ言いながらボストンバッグを手に持った。卵の殻の色のバッグは、どう見てもぺちゃんこだ。荷物が入っている気配がない。

「ローズ、それは?」

「真珠を持ち帰るのよ。このボストンバッグいっぱいに。そして麻袋に詰めるんだわ。で、クリスタルツリーの栄養にするんだわ」

「それは真珠の海保護局が禁止しているはずだよ」

「馬鹿言わないで。そんなこと初めて知ったわ」

 ぼくは黙ってガイドブックを差し出した。彼女は不満顔で受け取ると、真珠の海の項目をじっと読んだ。それからふくれっ面で返した。

「どうやらあなたの言った通りね」

 彼女から受け取ったガイドブックの当該箇所には、「真珠の海、その妙なる調べ」というタイトルで紹介文が書いてあった。妙なる調べ、そう、妙なる調べを、ぼくたちは聞きに行くのだ。大急ぎで準備を始めた。気持ちがはやって仕方なかった。


 敗因は「かつての自分の若さについて行けない」ですね。このぴちぴちとれとれな感性を無理矢理再現しようとするとひどく疲れるのです。だから書くのはしばらくないかな。2019.3.3

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