表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

マンネンロウ族の娘

 マンネンロウ(ハーブのローズマリーのことです)が生きる世界があったら、という設定で書き始めました。作中にある「宝石の塔」がメインの舞台の予定でした。書いてみたものの今ひとつ納得できず放置し続け二、三年が経ちます。ハイファンタジーは難しい。黒ヒョウとヒトの姿を行き来する男、蜘蛛の女王、大きな小鳥などなどが出てきて主人公に色々な思いをさせる予定でした。マンネンロウ族の娘だけでなく、他の一族の人間(?)も出てくるはずです。

 紫安は空に向けて手を広げた。乾いた空気が彼女の体をむずむずさせた。水のせせらぎの音が、彼女の耳によく馴染んだ。岩肌を覗かせる乾いた大地が、彼女の立っている場所だった。大地は起伏を見せ、彼女の立つ丘の下には小川が一筋流れている。周りにはマンネンロウの濃い緑色の木が無数に大地に根を下ろし、森を作っていた。天に向かって伸びるもの、地面を這うもの、様々だったがいずれも涼しげな甘い香りを強くさせている。紫安は手を広げたまま背の低いマンネンロウたちの森を見回し、ああ、退屈だ、と思った。

 紫安はこの集落に飽き飽きしていた。日に二度の食事と日が高い間になされる「学びのとき」以外は全くないと言ってもいいこの集落は、もう何千年、何万年と存在していた。彼女はその何千年、何万年の時に自分が組み込まれていくことを思うと、いつもうんざりだという気持ちに襲われた。「学びのとき」はその長い年月の間に蓄積されたマンネンロウ族の知恵を親が子供たちに教える時間だった。

 日の高さを見るに、もうそろそろ朝食の時間だ。彼女はぱっと手を下ろし、小川に下りる。他の子供たちも同じように小川に集まっていた。どの子供たちも紫安と同じ肌と髪の色をしている。つまり、青白い肌と深緑色の髪。彼らは皆裸で、性別を示すものを何一つ持っていなかった。彼らを少年や少女に分けるのは、彼らの意識だけと言えるだろう。紫安は自分を少女だと思っていた。根拠はないが、何となくそう思えるのだった。彼女は二つのおさげを肩の下で揺らしながら、多くの少年少女たちの集まるところを避けて小川の下流に向かった。

 ふざけ合い、笑いさざめく同族の子供たちを遠目に眺め、紫安はてのひらで水を掬った。上流で汚された水を一口飲み、残りの水は捨て、彼女は口元を手で拭いた。

「紫安」

 背後で大人の声がして、紫安ははっと振り返った。ここは集落の外れで、マンネンロウの森は終わりかけていた。しかしここには香りの強いマンネンロウが一本立っていたのだ。紫安は戸惑い、はい、と返事をした。

「お前は変わり者の紫安だね」

 マンネンロウの木は言った。

「変わり者ではありませんが、そうです」

 紫安は用心深く答えた。このような「大人」には初めて会ったからだ。「大人」のマンネンロウの木は、くすくす笑った。

「変わり者だよ。この集落を嫌がる珍しいマンネンロウ族の娘だ」

 紫安はむっとして、相手が「大人」であることを忘れてまくし立て始めた。

「だって、嫌がらない理由はありますか? 食事をして口伝えの『学びのとき』が済めば何もすることはないんですよ。ここには従順な子供と現状に満足しているつまらない大人がいるばかり。嫌がらない理由なんてありません」

 マンネンロウの木はくつくつと笑った。

「ああ、思った通りの娘だ。自己主張が強い。お前はここにいるのが辛いのだろうねえ」

 紫安は言葉に詰まった。辛いかと問われると、わからなくなった。ここには自分の親がいればきょうだいたちもいる。辛いと言ってしまうのは彼らに失礼であるような気がして、何も言えなくなった。

「子供たちはお前に冷たいかい」

「いいえ」

「なら何故一人で食事をする」

 水を少し飲むことが、マンネンロウ族にとっての「食事」だ。紫安は悩み、しばらくしてから、

「わからないけれど、彼らはわたしと大きく違っていて、その違いがわたしを彼らから遠ざけるんです」

 と答えた。マンネンロウの木は再び笑った。

「わたしと同じだね」

 紫安は目を丸くし、おさげの先を指でいじった。それからマンネンロウの木に、質問を投げかけた。

「あなたはいつからここにいるのですか」

 マンネンロウの木は乾ききった風にさわさわと体を揺らしながら、

「かれこれ四十年になるだろうかね」

 と答えた。

「宝石の塔に行ってもう四十五年か。早いものだよ」

 紫安は背中がざわつくのを覚えた。父から言われたことを思い出したのだ。集落の外れにいるマンネンロウの木に近づいてはいけないと。足が少しずつ木から離れようとする。

「宝石の塔に行かれたんですね」

「そうさ。おかしいかい? きれいな塔だもの。行きたくもなるさ」

「そのころは男の子でしたか? 女の子でしたか?」

「女の子だったね。今のお前のように歩いていたよ。土など必要としない自由な身分だったから」

「宝石の塔は、どんなところでしたか?」

 紫安が訊くと、マンネンロウの木は考え込み、昔を懐かしむような声でこう答えた。

「素晴らしいところだったよ。ここにいたときには考えられないくらい興奮した。今はどうなっているのだろう」

 それを聞くと、紫安は突然走り出した。マンネンロウの木が黙って彼女を見送っているのがわかる。紫安は怖かった。「今はどうなっているのだろう」。それを確かめに行きたくなっていく自分を抑えるのに必死だった。宝石の塔は、彼女にとって憧れの場所だったからだ。

 マンネンロウの森に入ると、マンネンロウの木々が紫安を呼んだ。どうしたのだ、と訊く。しかし紫安は何も答えず、父の元に向かった。丘の頂点に佇む父は、大きなマンネンロウの木だった。周りにはいくつかの親類の木や、紫安と同じような姿をした子供が何人かいた。もうすぐ「学びのとき」が始まるのだ。

「紫安、どうした」

 父が訊いた。紫安は何も言わずに首を振った。子供たちが不思議そうに彼女を見ている。

 わかりにくいですが、マンネンロウ族は子供のころはヒトのような姿をして自由に歩き回るけれど、大人になると植物そのものになって土に根づいてしまいます。そういう設定の深みも今一つ書ける自信がなかったのかなあ、と思っています。やれやれ、いつ書けるのやら。2017.1.1

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ