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「ええっ、私が歩お姉様の相手役に?」


 その日、稽古も終盤に差し掛かった頃、塩見部長が皆を集めて、伊吹歩の相手役として一年生の未春の名前を発表した。驚き首を振る未春に対し、未春の実力を間近で知る部員は納得したような顔で頷いた。一葉はそのとき、何かが胸の奥を二本の爪で引っ掻くような独特の不快感を覚えた。


「ええ、そうよ。二か月後に一つ、小さな演劇大会があるの。そんなに仰々しいものじゃないから、気を張る必要はないわ。未春さんにはそこで、歩の相手役を務めて欲しいの。……演劇部にとっても良い宣伝になりそうだし」


「で、でも、私、入部したばかりですし、演技の勉強も高校に入ってから始めたので……」


 言葉を紡ごうとした未春の肩に、伊吹歩の手が伸びた。一葉ははっと息を呑んだ。


「別に案じることはないよ。未春のあの台詞が一番私の心に来たんだ。あれを聞いたら、未春以外の相手なんて考えられない。きっと、これ以上ないくらい、素晴らしい舞台になると思う」


 伊吹歩が未春の肩を優しく引き寄せた。すっぽりと伊吹歩の大きな腕に収まった未春はしきりに身を強張らせていたが、一葉の目にはそれが伊吹歩を受け入れたように見えた。

 この場にいる誰よりも優しい、慈しむような目をして未春を見下ろす伊吹歩のその眼差しが、決して自分には注がれないことを悟った一葉は、このとき、はっきりと己の胸が痛むのを感じた。

自分には演技の才能と呼べる欠片もないし、お姉様方に可愛がって貰えるほどの愛嬌もない。事実、未春はその小動物的可愛らしさで入部後、何かとお姉様に可愛がられており、一葉はそんな未春と自分の差に今日まで気付かないふりをし続けてきた。けれど。二人の間には無視することなどできない、決定的な違いがあった。それが偶然にも演劇という形で表出されただけに過ぎなかったが、一葉はそんな未春と比較し、自分という人間の不甲斐なさを痛感するところまで自分を追い詰めた。


 一葉が無意識に下唇を噛み締める。そのとき、こちらをちらりと見た未春の視線と一葉の視線が交錯した。一葉は嫌な予感を覚えた。そしてその予感は的中した。


「一年生で私だけが出るなんてそんな、そんなことって、やっぱり、荷が重いです……。あのう、私が出られるなら、それなら、同じ一年生の一葉も一緒に出られませんか」


 その言葉は未春の、心優しい彼女の親友への気遣いから出た言葉だった。けれど、一葉にとっては同情以外の、もっと言えばそれ以下の扱いであり、思わぬ視線に晒された一葉は卒倒しそうな羞恥に打ち震えた。


「わ、私……」


 すぐさま否定の言葉を紡ごうとするのに、声が出ない。このまま黙っていたら、皆から身の程知らずと思われてしまうと一葉は焦った。


「いえ、私は、その、別に……」


 しかし、かろうじて出てきた言葉ははっきりとした否定の意を持たない、それも本人が思っている以上に素っ気ないものだった。


「一年生で一人だけっていうのは確かに荷が重いかもしれないわね。でもね、ごめんなさい。うちの部は実力を第一に置いているの」


 塩見部長の申し訳なさそうな、けれどもぴしゃりと突き放したようなその物言いに、一葉は鋭利な刃物で胸を一突きされたような痛みを感じた。


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