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自分がこうものぼせやすいタイプであったことに驚かされた一葉だったが、演劇部に入部して、驚いたことはまだあった。
「未春さん、ちょっと!」
「あ、はい、今行きますっ」
演劇部の部長である塩見芽衣子に呼ばれて、未春が駆けだす。三年生であろうと物怖じしない、こうした未春の態度に一葉は内心感心していた。話しているところを見れば、いつもの、ウサギか何かの小動物のように控えめな態度の彼女とそう変わらないのだが、一葉がお姉様方を前にして感じるような、萎縮するような緊張感を未春が抱いている様子はない。それが一葉にはとても不思議なことに思えた。未春相手に羨ましいという感情さえ抱いた。
そして、一葉が未春に驚いた出来事はこれだけではなかった。
「ちょっと、この台詞、言ってみてくれない?ここまででいいから、この1シーンだけ。軽い感じでいいから、ちょっと読んでみて欲しいの」
「えっ、わ、私がですか?……それじゃあ、えーと、ここからですね……」
そうして未春が恐縮しながらも、指定された台本の一節を読み始めると、それまでざわついていた室内が水を打ったようにしんと静まり返った。
「……と。こんな感じで良かったんでしょうか?」
そう言って顔を上げた未春のおどおどとした表情は、たった今、恐ろしく感情のこもった台詞をすらすら口にしていた人物とは思えないほど、間の抜けたものだった。
塩見部長が満足げに、そして誇らしげな顔で微笑む。
「ええ。素晴らしかったわ、未春さん。有難う」
すると、誰とはなしに、拍手が起きた。一葉も勿論、その拍手の波に乗った。自分だけに向けられた温かな音に未春は酷く恐縮した様子だったが、塩見部長から何かを耳打ちされて、照れたように表情を弛めると、ぺこりと可愛らしくお辞儀をした。
これこそまさしく、一葉の知らない未春の驚くべき才能だった。その演技は、確かに上手いと言われる他の部員の頭一つ、抜きん出ていた。どこから出しているのかと思うくらいのよく通る台詞に、涼やかな未春本来の声の響きがあわさって、聞く者を魅了した。ときにぞっとするほど恐ろしい台詞を難なく吐き捨て、ときに涙ぐむような台詞や愛を語らう台詞を次々にその小さな唇にのせて、自由自在に感情を操る未春のそれは天才の域にあった。このことは演劇をこの数ヶ月で齧っただけの一葉にも容易に理解できた。そして、同じく、演劇の才能に恵まれた伊吹歩もまた、そんな未春の才能を放っておくことはしなかった。