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舞台の幕が下り、割れんばかりの拍手と黄色い悲鳴があちこちで飛び交う。そんな中で一葉が今しがた抱いたばかりの決意を興奮冷めやらぬ表情の未春に耳打ちすると、未春は飛び跳ねない勢いで手を叩いて喜んだ。
こうして、未春の思惑通りに志望校を同じくした一葉は、辛い受験勉強の末に恐ろしい倍率をくぐり抜け、二人一緒にあの文化祭で見た演劇部のあるお嬢様学校へと入学を果たしたのだった。
*
二人が入学してはや四か月が経った。
一葉と未春は迷うことなく、演劇部への入部を決め、入学式のその日にクラブ活動の説明を受ける前から入部届を持参し、演劇部への扉を叩いた。幸い、演劇部への入部はすんなりと認められ、二人は一年生の下っ端として、放課後は忙しく演劇部の活動に励んでいた。
「――あ、歩お姉様!」
「ん?」
放課後、演劇部の部室に集まった先輩部員達へ練習稽古の為の新しい台本を渡すのも一年生の仕事だ。一葉は未だに、見上げるように背が高く、人並み外れて端麗な容姿の伊吹歩を前にして、初めて彼女と対峙したときの焦がれるような、のぼせるような、そんな感情を今も忘れることはしなかった。
「これ、新しい台本です……!」
どうにかひっくり返りそうな声を我慢して、一冊の薄い台本を両手で差し出すと、伊吹歩は興味を引かれたように台本へ視線を落とした。
「あ、これがそうなんだ。有難う」
「いえ……。その、稽古、頑張って下さい」
「うん。勿論……って、君も自分の稽古があるんだから、そっちの方も手を抜かないようにするんだよ」
「は、はいっ」
「よし。良いお返事」
たったこれだけの短い会話であっても、一葉にとってはそれこそ天にも昇るほど、満たされた気持ちになった。
あれほど興味を持てなかったはずの演劇部、しかも伊吹歩にこうも簡単に熱を上げてしまった親友の変わり果てた姿に、未春はこれまで虐げられてきた特権とばかりに隙あらば一葉をからかった。
「もう、一葉ちゃんってば、歩お姉様の前じゃいつまでたっても初々しいんだから」
「ちょ、ちょっと、未春ってば、そんなことないって」
慌てたように弁解するも、未春は今までのお返しとばかりに調子よく一葉を冷やかす。
「私の言った通りだったでしょう。一葉ちゃんの無関心とやらも演劇部の、しかもあの歩お姉様の前にはやはり無力であったか……無念、無念」
「もうっ、未春!」
「あはは。冗談、冗談だよ」
一葉は頬を膨らます代わりにぷいとそっぽを向いた。完全に立場が逆転してしまった今、一葉はしかし、大人しくこの状況を受け入れるしかなかった。
未春はからかう立場にまわったことで、何だか前よりも生き生きしているように見える。
一葉は己の単純明快な思考回路を恨めしく思った。