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二人は、その後、口をきいていなかった分の時間を取り戻すかのように、熱心に話し続けた。やがて、陽が落ち、夕食の時間が迫ると、未春は「帰らなくちゃ」と心底名残惜しそうにしてその場に立ちあがった。
「もう帰るの?」
「明日、英語の小テストがあるから……。それに、お母さんが早く帰って来なさいって」
こういう真面目なところは小さい頃から一つも変わっていないのだなと、一葉は、申し訳なさそうな顔をする未春を見て、微笑ましく思った。しかし、話し足りないのは一葉も同じだった。
「どうしても帰るの?」
「う、うん。お父さんももうすぐ帰ってくるし、お母さん、夕食は家族でってうるさいから……」
それは一葉もよく知っていた。ある意味、自主性を重んじる大河内家ではそうした家族団らんは揃うときは揃う、揃わなければ揃わないといったように割り切ったものとして考えられていたが、未春の家は昔から、そうではなかった。家族は揃うべきものとして、朝食や夕食は一緒に摂るというのが家族ルールになっており、真面目な未春はしばしば、こうした理由で遊ぶ時間を切り上げて帰宅するということが、子供の頃から何度もあった。
それだから、一葉もまた無理を言って、未春を引き留める気にはなれなかった。だが、このまま、未春との時間が終わってしまうということに、一葉は言葉にはできない、焦りと不足感のような感情を覚えた。今日が物足りなければ、明日また話せばいい、と普段なら思うところだが、今日は違う。
あの未春が、自分に勇気を振り絞って思いの丈を告げた、そんな思い出に残る一日なのだ。あのときの告白を頭の中で繰り返しながら、一葉は無言のまま、気持ちを昂らせた。
「……だから、ごめんね。一葉ちゃん。また明日、会いに来るから」
未春がいよいよ帰ろうと鞄を持ち、背を向けた瞬間、立ち上がった一葉が「待って」と未春の腕を勢いのままに引いた。驚いて、振り向いた未春の唇に、一葉が自らの唇を強引に重ねた。
「あっ……んんっ」
「ん……っ」
驚愕に見開かれた未春の瞳がゆっくりと半月に閉じられていく。互いにこれが初めて唇を交わすものでありながら、一葉のそれは吸い付くように激しいキスだった。未春は最初こそ、なされるがままに唇を預けていたが、やがて一葉が息継ぎのために唇を離そうとしたそのとき、反撃とばかりに一葉の舌を絡め取り、唇を塞いだ。
「ふっ……んんっ」
「ふふ……んっ、一葉ちゃんっ……ちゅっ……」
頬を林檎のように真っ赤にして、二人はそれからたっぷりと唇を交わし、互いの想いを確かめ合った。
*
「すっかり遅くなっちゃった。……じゃあ、またね」
「うん……また」
帰り際、二人とも不自然なほどに頬を染めた顔で、照れ笑いを浮かべると、一葉は帰る未春を心穏やかに見送った。この日、一葉と未春の関係は、一葉が思っていた以上に深いものへと変わり、想定外の悦びをもたらしたのであった。