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今日もいつものように、未春とは仲直りできないまま、一葉は一人で放課後の演劇部の練習に顔を出した。掃除の時間が長引いてしまった為、一葉が記念講堂に入ったとき、他の部員は既に準備運動を終えて、稽古に入っていた。だが、ふと見つめたその先に、誰よりも熱心に練習に励んでいるはずの未春の姿はなかった。
一葉は未春がいないことを不思議に思いながら、隅で準備運動を始めようとした。そのとき、壇上にいた伊吹歩が一葉の姿を認めると、ひらりとスカートの裾を翻して、舞台から飛び降りた。隅にいる一葉のもとへつかつかと歩いてくる。一葉は伊吹歩が自分の方へ向かってくるのを、期待と緊張、そして混乱の入り混じった感情を抱いて、見つめていた。もしかしたら、何かの拍子に伊吹歩が自分のことを知って認めてくれたのかもしれない。もしかしたら、私にも伊吹歩が自ら言葉をかけたくなるような才能があったのかもしれない。そんな、ありえない思いが一葉の胸をときめかせた。だが、期待に唾を呑んだ一葉に対して、目の前に現れた伊吹歩は見たこともない険しい顔で、あまりに酷な言葉を投げつけたのだった。
「だからさ、どうして衣装が未春の分だけ、破かれているのかってこと」
苛立ったような伊吹歩の声に、一葉は震える声でそれを復唱した。
「み、未春の衣装が……」
伊吹歩の口から知らされたその事実に、一葉は少なからず驚いた。
「部室棟からここまで衣装を運んできて、衣装が破れていることに気付いたんだ。それもハサミのような鋭利な何かでずたずたに切り裂いたような、酷い破れ方だった」
伊吹歩がため息を吐く。
「昨日の練習のときはきちんと異常がないことを確認して部室棟にしまったんだから、何かされたとしたなら、あの後か今日ってことになる」
「そ、それで、どうして、私が」
何とか、もつれそうな舌で一葉は言葉を紡いだ。
伊吹歩があからさまに嫌そうな顔をする。
「ふうん。心配もしないんだ。未春が今どんな気持ちか分かる?」
一葉は言葉に詰まった。だから、未春がこの場にいないのだと分かり、彼女が今どこで何を考えているのか、その姿を想像して胸が苦しくなった。
慰めの言葉が見つからない一葉に伊吹歩は誤解をしたようだった。
「やっぱり、そうか。友達の顔をして、全く酷いことをするね」
「や、やっぱりって、私、違います。そんな酷いことしません」
伊吹歩の言葉に弾かれたように一葉が必死な形相で言葉を返した。
「あのね、言い訳とかもういいよ。現場に君のしるしが落ちてたんだから。学生証を落とすなんて、君も馬鹿だね」
「が、学生証っ……」
慌てて、ポケットを探るが入れていたはずの学生証がない。
「嘘、いつもここにちゃんとあるはずなのに、どうしてっ……」
伊吹歩は一葉の慌てた姿を鼻で笑った。
「そういう演技はうまいわけだ。……わざわざ一人だけ遅れてくるなんてのも、白々しい。未春が君のことでずいぶん悩んでいたことを知っているよ。あの子の演技に大方、君が嫉妬したんだろう。確かに、未春のあれは嫉妬せざるを得ないほど、素晴らしいものだ。一年生の中でと言わず、この演劇部の歴史を振り返っても、あれほどの逸材はいなかっただろうし、今後もそう現れないだろう。君のことを庇うわけじゃないけど、まあ、そう思う気持ちを理解できないわけでもない。だが、あくまで気持ちだけだ。その考えを行動に反映しようなんて考えもしない。それを君はあの子にしたんだ。本人にとっては君のその幼稚な振る舞いがどれだけ傷つくものだったか、考えたことがあるかい」
一葉は下唇をぎゅっと噛み締めた。スカートの裾をつまむ手が小刻みに震える。伊吹歩の言うことは、破れていた衣装の件を除けば、大方的を射ていた。




