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二人がぎくしゃくし始めて、はや一ヶ月が経った。
未春と伊吹歩の公演は一か月後に迫り、二人の演技にも普段以上に磨きがかかっていった。本番さながらの手に汗握る稽古に、一葉は舞台の袖で、二人の姿をまるで天使か何かの崇拝物のように神々しい気持ちで見守った。
演じているときの未春はいつもの気弱そうな彼女とは全くの別人に見えた。未春と伊吹歩が二人揃って舞台で演じ合う姿はやはり、素人の域を超えた、完成度の高いフィクションの世界で、その中で自由自在に演じ回る未春の姿は生き生きとしていて、一葉の目を惹きつけて離さなかった。
「一葉ちゃん……」
「……これしかないから使って。お疲れ様」
一旦、休憩に入ると、未春が舞台袖に立つ一葉のもとへと歩み寄った。一葉は未春に渡すつもりで用意していたタオルを、さも仕方ない素振りで彼女へと渡した。
未春は一瞬、申し訳なさそうに眉尻を下げ、それから苦笑と微笑みの真ん中にあるような表情を浮かべ、「有難う」と答えた。
「……どういたしまして」
あれから一葉の中で、未春に対する気持ちは少しずつ、しかし確実に変化し続けていた。未春の才能はやはり天性のものだと認めざるを得なかった。そして、自分自身の演劇というものに対する才能についてもまた、考え直さなければならないと一葉は思った。否定ばかりではなく、受け入れる姿勢が必要なのだと、この短期間の間に一葉もまたあれこれ考え、自分自身の幼さというものを自覚したのだった。
だが、自分から未春との関係を気まずくしたというのに、元のように気軽に話しかけるなど、それはあまりに身勝手で図々しいことのように思えた。たった一言、ごめんと謝れば済んだのかもしれないが、それでは自分の我儘さが尚更浮き彫りになるようで、一葉は気恥ずかしさからその一言を中々言い出せずにいた。そんな風に一葉が未春への謝罪をためらっている最中、事件は起きた。
「ねえ、きちんと説明してくれるかな」
一葉は、目の前に立つ敬愛するはずの伊吹歩に蔑むような眼差しで、詰るような口調を向けられ、言葉を失った。
「黙っているままじゃ分からないんだけど」
伊吹歩の声のトーンは明らかに怒りを含むものだった。そして、その怒りは目の前に佇む一葉一人に向けられていた。
「え……」
一葉はそんな風にきつく言われる理由が分からず、ただうろたえ、唇を震わせた。心臓が早鐘を打つ。伊吹歩の自分を見る目に、一葉は心が砕けそうな痛みを感じた。




