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秋晴れの涼やかな風が襟元をくすぐる、土曜の昼下がり。
大河内一葉は名門と名高いとある女子高の正門脇にいた。休日だというのにわざわざ制服に身を包み、かれこれ二十分程前からこうしてここに立っているのには理由がある。友人の柏木未春から、一人では心細いからと急遽文化祭回りの付き添いを頼まれたのだ。でなければ、志望校でも何でもない、窮屈そうなお嬢様学校の文化祭にのこのこ出掛けていく用はない。
「……」
しかし、もう何十分ここに立っているのだろう。待ち合わせの時間はとうに過ぎている。今が夏でも冬でもなくてよかったと一葉はつくづく思った。そんな季節にこんな目に遭わされていたら、とてもじゃないが友達を辞めたくなる。とはいえ、記憶を辿ればそんな目に遭わされた経験もないわけではなかったが、今を生きる女子中学生の一葉には過去のことなど今更振り返るべきことではなかった。大事なのは今、この瞬間なのだ。そして、ここに待ちくたびれている私がいるという事実こそが重要なのだと一葉は強く思った。
「―――それでね……」
「―――……そうそう」
正門の端っこに立っているとはいえ一人突っ立っている彼女の姿が目立たないわけがなく、通り過ぎる同年代らしき少女達の視線が痛い。
前方から、仲睦まじそうな制服姿の少女が二人、こちらへ向かって歩いてくる。何気なくその様子を眺めていると、片方の、聡明そうな少女とばっちり目が合った。気まずさから、顔を下げて、先程見たばかりの腕時計をわざとらしく確認する。
「……遅いなあ」
ため息混じりにそんな言葉を本心と共に呟いて、頬にかかる髪を払いながら顔を上げたときには少女はもう別の方向を向いていた。一葉は何だか空しいようなほっとするような気持ちになって、肺に溜まった空気をそっと吐き出した。
「……――ね」
少女達が通り過ぎるとき、わざと秘めるように声を落とした囁きが耳に入った。その声からかろうじて、“演劇部”と“講堂”という二つの単語を聞き取ることができた一葉は思わず、またかと声に出して呟きそうになった。二人の少女のお目当てもまた、この学校の演劇部というわけらしい。彼女達の前にも、何人もの女学生が一葉の横を通り過ぎて行ったが、皆お決まりのように演劇部という単語を、そうするのが決まり事のようにこの校門前で必ず落としていった。